Henri Matisse / 赤のハーモニー × 秘密のアッサンブラージュ (後編)

赤のハーモニー

ワインのある食卓

デキャンタに入ったふたつのワイン。ボトル情報なし、色情報も当てにならない。

当時のパリとマティスの事情から、このワインについて想像を膨らませてみます。

そもそも、食事も、グラスすらもないのに、ワインはなぜここにあるのでしょう。
それは原題 “La Dessert rouge” を見ると明らかになりました。

Dessertは、デザートそのものを表すだけでなく、「(デザートを用意するために)片付ける」という意味があるそうです。
つまり、これは食事のあとの設定ということになります。

ではその食事は、どんなものだったのでしょう。

窓の外はまだまだ明るい。(若干、空の色が濃い気がしますが)
描かれたのは7月、
夏のパリは遅くまで明るいのでランチかディナーかははっきりしませんが、片付けてもなおこの明るさですから、おそらく午後の食事だったのではないでしょうか。少なくとも深夜まで開かれたヘビーで豪奢な宴会の後ではないでしょう。

当時マティスは画塾を経営し、隣の部屋は生徒たちの作業場でした。
さまざまな人の出入りがあり、昼食や夕食をともにすることも多かったと想像します。
この日も大きなテーブルを使って、たくさんの知り合いと食卓を囲っていたのではないでしょうか。特別なパーティや食事会などではなく、いつものくつろぎのひとときだと想像します。

パリ人のワイン事情

では、当時の環境はどうだったのでしょう。実はまだまだ日常的に飲むワインには、質は求められていませんでした。
今の消費量とは比べ物にならないくらいたくさんの量を飲んでいたため、どうしても質より量になりがちだったこと、また当時のパリでのワインの流通の事情もあったようです。

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ちょうど1908年の、ベルシーのワイン市場

パリには17世紀後半にワイン市場(いちば)ができます。

フランス中から樽で運ばれてきたワインはまず酒蔵であるワイン市場に集められ、この市場内でブレンド、ボトリングされ、酒場などに卸されていました。
このワイン市場には、一般人の立ち入りはできず、その行程を見ることができるのはワインビジネスをしている業者だけ。
シャトー元詰め(ワインの醸造所で瓶詰めする)ということがまだ確立されていなかったため、
たとえばブルゴーニュワインに、南フランスや外国のワインでカサ増しするということも起こっていたそうです。

そんな事情ですから「美味しいワイン」を飲もうと思ったら、少し目を働かせる必要があった。マティスは、どんなワインを選ぶのでしょう。

画商、ヴォラールとワイン

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アンブロワーズ・ヴォラール(Ambroise Vollard 1866-1939) は、特にポスト印象派以降のマーケットを作った伝説的な画商

有名な美術商であるヴォラール、美術だけでなくワインにもある程度の基準があったのか、マティスは親しい知人をもてなす際、彼の選んだワインを使っていたのだそうです。

人のためにワインを選ぶくらいの彼ですから、こちらでも目利きの才能を発揮していたのかもしれません。画廊の地下室では、著名な外国人コレクターや前衛アーティストらを招き、一杯の赤ワインとシャルキュトリーとともに商談を繰り広げていたといいます。時代にリアルなピカソやゴッホを前に赤ワイン… なんだかエネルギーがすごそうです。

さて、そんなヴォラールチョイスのワインを日常的に飲んでいたマティスですから、 少なくとも「質より量」ワインよりは美味しいものを楽しんでいたでしょう。

ロワールの白ワイン、パリ近郊の赤ワイン

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西は大西洋、東はパリ。 ワイン生産地の中心になるのは、1000kmにもわたるロワール河。

夏の午後に大人数で飲む気軽さなら、歴史的なブルゴーニュワインより、古くからのワインの銘醸地、フランス北西部に広がるロワール地方の白ワインが良さそうです。

色彩の魔術師マティスのことなのでワインの色はかなり変容されていると考えても、こっくりとした黄色。
ロワール河下流、大西洋に面した地域で造られる、みずみずしいミュスカデ(というぶどう品種)のワインは、ちょっと想像しにくい。

もう少し距離的にもパリにも近いところで、トゥーレーヌ(フランス中西部、ロワール川中流)あたりでできる白なら良いかもしれません。
フルーティでソフトなワインが多く、7月の食卓に美味しそうです。

(もっと詳細なロワールの地図はこちらを参考に)

赤ワインはというと、色もだいぶ明るく、ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンや南仏のジューシーなワインには見えません。

当時黒ぶどうは、パリ近郊でもたくさん作られていて、その70%ほどが ガメというぶどう品種 だったそうです。
日常的に飲む赤ワインなら、これを選ぶのも十分考えられます。(ガメは、たとえばボジョレー・ヌーボーで有名なぶどうで、軽やかでフルーティです)

赤のハーモニーのコピー
白ワインは濃い黄色、逆に赤ワインはエレガントなルビー色

どちらのワインも、産地からテーブルに来るまでの間に市場での秘密のアッサンブラージュ(ブレンドすること)がかんでいたかもしれませんが、ヴォラールのアドバイスも参考に、たっぷりの食事と美味しく飲めるものをスマートにチョイスしていたのでは。

それにしても、シャトーで詰められたピュアなワインが飲めるのが、今では当たり前。ですがこうなったのはけっこう最近のことで驚きました。(確立したのはボルドーの生産者、1960sのこと)

美術エピソードもワイン背景も、調べるほどいろいろな事情がでてきて、つい長くなってしまいます。長々お付き合いありがとうございました。

次回はまた、リズミカルな記事になりますのでお楽しみに。

Frankさん、よろしくお願いします!

Henri Matisse “La Dessert rouge” (1908) ロシア・エルミタージュ美術館蔵

Written byE.T.

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