Luis Meléndez / 無花果とパンのある静物 × パロミノ(後編)

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先週に引続き、スペイン絵画史上最高の静物画家とも称えられるLuis Egidio Meléndez(以下、メレンデス)の「静物画」のワインの謎に迫る。

 

まず、前編で触れた通り、メレンデスはスペイン王室所縁の画家である。ここは素直にスペインワインであることを前提に話を進めても特に異論はなかろう。

では、ワインのタイプは何か。早くもつまずいてしまった…ボトル自体の色が濃く、中に充たされたワインまで窺い知ることができないのだ。

 

きっとどこかにヒントが隠れているはずだ、作品を注意深く観察してみよう。気になるのは、以下の2点。

(1)ボトルの背の低さ
(2)小樽の後ろに描かれた少しの大きめの容器

 

(1)から考えてみることにする。ボトルの特徴からワインを推定することは可能だろうか。

結論から言うと、ワインの特定は「困難」である。但し、非常に興味深い文献を見つけた。VinePairという酒類関連のメディアを運営しているJoshua Malin氏の記事である。

Although the vast majority of wine was stored and transported in barrels well into the twentieth century, in the seventeenth century we see the introduction of the glass bottle and the cork stopper.

(snip)

Early wine bottles had fat bottoms and short necks. Over time the neck grew and length, and the bottom slimmed – and by the 1820s we see shapes that resemble modern wine bottles.

Joshua Malin, The 8,000 year effort to transport wine around the world.
https://vinepair.com/wine-blog/history-wine-transport-8000-years/

 

ワインボトルは、1600年代の石炭窯の進化により、薄くて壊れにくいガラスの精製が可能となったことから広まったものとされるが、現在我々が目にしているボトルの形状は19世紀前半に確立したものである。初期の「玉葱」のような形状から150年程度の時間をかけて進化を遂げた賜物である。

1770年頃に描かれた本作に映ったボトルだが、まさに下表の “Tipo maceta” や “Cilíndrica achatada” に類似している。首の長さといい、肩の張り方といい、年代も含めて、ちょうどこれらの中間といったところか。

 

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ワインボトルの歴史を振り返るのも面白い(原典の出所不明)

 

もう1点、注目すべきところがある。

年代が古いボトルの多くにスペイン語で “Gran Bretaña” とあるが、“Great Britain” つまりイギリス製のボトルであることを示している。

今でこそ地球温暖化の影響もあり南部のケント州を中心にシャルドネやピノ・ノワールといった国際品種が栽培され、それらから造られたスパークリングワインが高い評価を得ているが、当時のイギリスは気温が冷涼すぎてワイン用ブドウの栽培には適していなかったはずである。つまり、諸外国への「輸出品」として工業的に「ワインボトル」を生産していたことになる。18世紀後半と言えば、イギリスは第一次産業革命の真っ只中で軽工業が栄えていた頃であるから、納得のいく結論である。

直接的な解答には繋がっていないものの、(1)の考察では「イギリス製のボトルに入ったワイン」であることが判明した。

 

続いて(2)について。小樽の後ろに描かれた少しの大きめの容器は一体何か、中に何が入っているのか。

これは、ポーラ美術館館長の木島俊介氏の見解に答えを見つけた。

ワイン保冷器である。多孔質のコルク材の小樽が金輪で補強されていて、この中に冷水を入れ、フラスコ状の首長の銅製あるいはガラス製の容器の中に入れられたワインを保冷する。ときには高山から運ばれた氷も使われた。内部の水はコルク材を通って蒸発する際の気化熱によって冷たさを保つ。南国スペインならではの器具である。

木島俊介責任編集 (2018)
『ART GALLERY テーマで見る世界の名画 静物画 静かな物への愛着』 集英社 31.

 

つまりは「ワインクーラー」である。そのような視点で再度絵を見てみると、容器からはみ出た白い無機質な物体は氷であると推察できる。

(2)から得たヒントは冷やして飲むワイン、つまりは「白ブドウから造られたワイン」である可能性が高いということだ。

Melendez
メレンデスの別の作品にも登場する「ワインクーラー」

 

さて、一度おさらいする。ここまでで判明したことは、本作に描かれたワインは「イギリス製のボトルに入った、白ブドウから造られたスペインワイン」であるということである。

むむっ、そんなワインあるんですか?というのが読者の心の声であろう。そんな皆様に大きな声でお答えしよう…あるんです!くぅー!

 

どういうことか。

Vinos de Jerezというウェブサイトにその手掛かりがあった。

The demand for Sherry rose steeply and the English decided to obtain our wines by fair means or foul. In 1625 Lord Wimbledon attempted another attack on Cádiz*, this time unsuccessful. It was probably this failure which led the English, Scots and Irish to guarantee their supplies of sherry through the usual trading channels by establishing their own businesses in the Region.

The 17th and 18th Centuries saw the arrival of wine merchants such as Fitz-Gerald, O’Neal, Gordon, Garvey or Mackenzie. Later they were followed by Wisdom, Warter, Williams, Humbert or Sandeman. Being British subjects some Jerez wine-growers were able to bring pressure to bear on the British government to lower excise duties, achieving their objective in 1825 with a reduction of two duros (a Spanish coin of the time) per butt. This led to a four-fold increase in sales of sherry between 1825 and 1840.

* Cádiz:シェリーの生産エリアの呼称
https://www.sherry.wine/copa-jerez/history-of-sherry

 

そう、シェリーである。シェリーはスペイン南部アンダルシア州特産の酒精強化ワインであり、長い歴史を持つ。16世紀から17世紀にかけてイギリスで大流行し、輸送船や港を襲撃して強奪しようとする輩がいたほどであった。17世紀後半に入ってからは、イギリスの商人たちはスペイン南端の街Jerez de la Frontera等に定住するようになり、貿易会社を設立して本国への正規の販売チャネルを確立していった。

そのような歴史的背景を持つシェリーであれば、イギリス製のボトルに詰められていても何らおかしくはない。

シェリーはアルコール度数や熟成工程の違い等によって、Fino(フィノ)・Amontillado(アモンティリャード)・Oloroso(オロロソ)等のタイプに分類されるが、ワインクーラーで冷やして飲んでいることからFinoタイプの辛口白ワインではないかと推測される。とすれば、品種はパロミノ主体ということになろう。

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様々なシェリーのタイプ。Manzanilla(マンサニーリャ)はSanlúcar de Barramedaで熟成されるFinoタイプのシェリーに表記が認められた特別な呼称

 

今回は謎解きのようなアプローチでしたが、次回はEricoさんがどんな絵画・ワインを紹介してくれるのでしょう。随分と秋めいてきましたが、ワイン片手に芸術に触れるのも素敵な時間の使い方だと想う今日この頃です。

 

Luis Egidio Meléndez “Bodegon con higos y pan” (c. 1770) ナショナル・ギャラリー・オブ・アート所蔵

Written by Fumi “Frank” Kimura

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