揃いの悪いピクニックセット
「ピクニックセット」というタイトルながら、スポットライトが当たっているのは4本のワインボトルで、背景はテキスタイルのようなぶどう柄。
これだけワインを強調しているわりには、ワイングラスは見当たらない。
あるのはポルカドットのコップ6個に、その柄を反転させたプレート5枚、ころがったトマト3つにプロシュートらしきコールドミートが2枚。1本のナイフがちらりとのぞいているところを見ると、これからサンドイッチでも作っていくのか、現地で作るためにナイフも持っていくのか。
いずれにしても、それぞれの数は合っていないし、随分とちぐはぐな印象を受ける作品です。(ここでは意味を深掘りするのはやめておきますが)
ブリティッシュ・ポップアートより
おそらく皆無であろうということは承知しながらも、タイミングを見て取り上げたいと思っていた作家です。
私自身がこの作家に個人的思い入れがあるのは大前提としてありますが、このブログで扱うアートの幅を広げる意図もあります。
コールフィールドは1936年 イギリス ロンドン生まれ、ブリティッシュ・ポップに分類されます。
今このタイミングでこの作家を選んだ意図はというと、先週、同じくイギリス出身の大作家、デイビット・ホックニーの作品についてのニュースがあったからです。
(もっと詳しくはこちら)
今秋、世界最大手オークション会社のひとつであるクリスティーズに、ホックニーの1972年の作品「Portrait of an Artist (Pool with Two Figures)」が出品されることが決まりました。
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美術品は、美術館にだけあるのではありません。アートマーケットは常に生きていて、作品の「預り手」は動き続けています
そしてアートマーケットの核をつくるのは、主にオークション結果です。
そんな時の人ホックニーをフィーチャーしようにも、さすがに存命作家の作品に「妄想」を切り込むのは恐れ多いので、同じイギリス出身でありRoyal College of Art 大学のほぼ同期でもある、コールフィールドをこの機会に取り上げることにしました。
ちなみにコールフィールドは最終学歴こそRoyal College of Art ですが、その前に Chelsea School of Art (現在ロンドン芸術大学のチェルシーカレッジ)も修了しており、ここは私自身ロンドン留学時にコースを受けた大学でもあります。
私が学んでいた頃にはもう、そのカレッジの目の前にあったTATE Britain にコールフィールドの作品がたっぷり所蔵されていたことを思い出します。
アーティストとしての学びが形になり、社会へ受け入れられていくサイクルは一見自然ですが、稀であることは確かです。
Photo Realism
さて、コールフィールドの作品で飛び抜けているのは、なんと言ってもそのコラージュのような視覚的面白さ。
このワインボトルのエチケット、写真か、本当のラベルを貼り付けたように見えませんか?
彼の作品の多くには、トリッキーとも思えるこのような視覚的面白さがあり、彼の独自性を確固たるものにしています。
写実を超えて写真のようなリアリズムと呼びたくなるのは、その技術の高さもさることながら、太く正確なストロークとフレッシュなカラーリングに目を奪われ、そのコントラストに魔法をかけられているからでしょう。
冒頭で、ご存知の方はほとんどいないだろうと書きましたが、高く評価されている作家であることは疑いなく、本国イギリス・ロンドンでは、2013年にテート・ブリテンで大規模な回顧展があり、日本でも1982年に銀座の西村画廊で個展が開かれているのです。
資料を探していると、当時の薄い展覧会カタログをあたることができました。
イントロダクションをめくると、
“・・・いちおう、パースペクティブに従って描かれてはいるものの、輪郭線は最小限にほどこされているし、しばしば部分を拡大していることもあって、相当省略され、変形されているのである。いわゆる具象絵画からは程遠い。”
(西村画廊 1982 3/23 -4/17 ペインティング1969-1981 より「透明な抒情」 岡田隆彦)
とあるように、彼の作品は機械的、ともするとイラストレーション的とも見える部分もありますが、実際には、シンプルな線と色に込められた、味わい深さがあるのです。

彼がワインをどの程度好んでいたのかはわかりませんが、食まわりのシーンや、ワインそのものを描いた作品は割と多く見つけられます。
(ちなみに、こちらの動画によりウィスキー愛好家であったことはわかりました)
版画と絵画

プリンティング(版画)というのはとかくペインティング(絵画)に比べ格下にみられがちですが、プリンティングも絵画技法のひとつであり、その技法と作家の手が素晴らしいパートナーシップを組めた場合、それは1つの筆使いと呼べると思います。
コールフィールドの場合、先述した力強く正確なストロークとフレッシュな色、画面構成など、むしろシルクスクリーンの性格には非常に合っていると思うのです。

休日に、ワインを詰めて
1970年代も現代も、ロンドン市内でピクニックをする場所は、大して変わりはないでしょう。
どこへ遠出しなくともいたるところに公園があるし、世界有数の都市の中とは思えない広大な丘もあります。
ただ、同じラベルで4本ものボトルを持って出かけるなら、ちょっとハイドパークへ、というよりはずっとずっと南へ向かい、海風の感じられる場所で休日の午後をたっぷり楽しむ、という方がふさわしいように思えます。
なんといっても、広大で、寛大、そしてあたたかな、南仏コルビエールのボトルを開けるのですから。
Patrick Caulfield “Picnic Set”/ 1978 Edition 100
所蔵 TATE Britain ほか
Written by E.T.
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