Gustave Caillebotte / 床削り × カベルネ・フラン(後編)

The Floor Scrapers, by Gustave Caillebotte

前週に続いて、印象派の画家Gustave Caillebotte(以下、カイユボット)の「床削り (1875)」である。作品の舞台がパリのカイユボットの自宅であろうことは、前編にて触れた通りである。

 

絵の右袖に視線を遣ると赤ワインが入ったボトルとコップが1つ、自己主張することもなく、ポツンと床に置かれている。何かワインに関する情報が欲しいところではあるものの、今まで以上に何もない。

ワインを水代わりに飲んでいた時代とは言え、まさか職人自ら客先に持参したものではないだろう。仮にワインを持参したとしても律儀にコップまで持ってくることは考えにくく、職人であればそこは男らしくラッパ飲み…という方がしっくりくる。

とすると、恐らく、家主であり「床削り」の雇い主でもあるカイユボットと、以下のような会話があったに違いない。

GC:親方、いつもすまないね!
親方:いやいや、こちらこそカイユボットさんにはいつもお世話になっちゃって!
GC:水でも飲むかい?あ、そうだった、親方は引っ掛けながらの方が仕事がはかどるか!
親方:そんなこと言われたら、お言葉に甘えちゃうよ?安いヤツでいいからさ!
GC:もちろんさ!コップは幾ついる?
親方:皆んなで使うから1つでいいよ!

「安いヤツ」とは言え、ここは資産家カイユボットの館。ブルジョワな生活を送っていたカイユボットの家に、それほど質の低いワインが置いてあるとは思えない。

 

今回は、消去法で行こう。
候補は、フランス赤ワインの主要品種であるメルロ、グルナッシュ、シラー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、ピノ・ノワール、ガメイの7つ。

本作が描かれた1875年と言えば、害虫フィロキセラによる被害が拡大し始めた一方で、フランス国内のワイン生産量としてはピークだった年(詳細は「Toulouse-Lautrec / 快楽の女王 × シャルドネ(後編)」参照)。当時、「質より量」のワイン生産地の代名詞であったのが、前節でもEricoさんに紹介頂いたラングドック・ルーション地方。今でも、フランス全体の約40%を占める生産量を誇るエリアであり、主要品種はグルナッシュ、ムールヴェドル、シラー。上述した通り、廉価なワインではないだろうとの想定から、グルナッシュはまず除外する。

シラーと言えばコート・デュ・ローヌ地方北部エリアが有名だが、ローヌ渓谷の急斜面で強い陽射しを浴びて育ったワインは、ボディがしっかりとした果実味豊かなものに仕上がる。肉体労働中の喉が渇いた状況で飲むにはやや重い。

そのような意味では、カベルネ・ソーヴィニヨンも選択肢から外れるだろう。同品種の特徴は、何と言っても力強く持続性のあるタンニン(渋味)。ボルドー地方や南西地方の主要品種であるが、霜降り牛肉の網焼きなどと合わせたい、しっかりとしたワインである。作業中に飲んだら、逆に水が欲しくなるだろう。

ピノ・ノワールは「飲みやすさ」の観点から言えば合格だが、ややお上品すぎる。武骨な男たちと繊細なピノ・ノワールではバランスが取れないし、水代わりに飲むには少し勿体無い。ゆっくりと余韻を楽しみたい品種である。

ブルゴーニュ地方の南部エリアにはボージョレ地区が広がる。ボージョレ地区と言えばガメイの産地として知られているが、野イチゴのようなチャーミングな香りが特徴的で、時として甘いフレーヴァーが残ることもある。また、色調は「明るい赤色」であることが多く、本作にあるような「濃い赤色」にはなかなかならない。タンニン量が少なく、フレッシュな酸を持っているので、作業中には飲みやすいと思うが、色調の観点からこちらも除外することにする。

aromas
赤ワインを代表するアロマ。コーヒー、シナモン、アニス(八角)

 

さて、残すところ、メルロとカベルネ・フランの2択となった。ここまで絞られたら、あとは消去法ではなく、正攻法で攻めよう。

ズバリ、画中のワインはカベルネ・フランだと考える。同品種はロワール渓谷地方を代表する黒ブドウであり、このエリアではブルトンとも呼ばれている。ロワール渓谷地方はロワール川に沿って東西に伸びており、東はブルゴーニュ 地方のシャブリ地区にも程近く、西は大西洋に面している。エリアは大きく4つに分かれ、西に行くほど海洋性気候のニュアンスが強くなる。その中でもカベルネ・フランの銘醸地とされるのが、やや内陸寄りのトゥーレーヌ地区である。ボルドー地方では補助品種として混醸されることが多いが、同地区のシノンやブルグイユと言われるA.O.C.ではカベルネ・フラン100%の赤ワインも造られている。

loire
Ericoさんのイラストを勝手に再掲!Ericoさんは「Henri Matisse / 赤のハーモニー × 秘密のアッサンブラージュ (後編)」の中でトゥーレーヌの白を選択していた

 

カベルネ・フランと言うと、青ピーマンやグリーンピースのような青臭さやゴボウのような土臭さをイメージする方も多いだろうが、その香りの根源であるメトキシピラジンという物質は、未熟な果房から検出されることが多い。山梨勝沼のグレイスワイン(中央葡萄酒)の醸造家である三澤彩奈氏は、自身のブログで下記のように記載している。

メトキシピラジンはボルドー系赤品種の欠陥臭の一つとして捉えられています[あせあせ(飛び散る汗)]

と言うのも、メトキシピラジンは、太陽光で分解されることが分かっているので、例えば、カベルネソービニヨンからメトキシピラジンを感じ取れると、未熟と判断されたり、収量の多さや、キャノピーマネージメント*が粗雑であることを指摘されます[ダッシュ(走り出すさま)]

私自身、ボルドー大学に留学していた頃、「この香りは、ワインが熟成してもずっと残る
未熟香だからよく気をつけなさい。」と教授陣から叩き込まれた経験もあります[ペン]

*キャノピーマネジメントとは葉や枝の管理のこと

https://grace1923.blog.so-net.ne.jp/2013-09-19

 

醸造家にとっては頭の痛い物質であるが、メトキシピラジンを完全に取り除くことは難しく、多少のフレーヴァーはワインに残ることが多いように思える。特に、冷涼な気候のトゥーレーヌ地区ではブドウが完熟しづらいので尚更である。

但し、私にはカベルネ・フランの青臭さ・土臭さが妙にこの絵にマッチしているように感じてならない。半裸で床を削る男たちの汗臭さと、どこかシンクロするところがあるのだろう。やや軽めから中程度のボディ、イキイキとした酸、滑らかなタンニン、フレッシュな果実味を併せ持ったカベルネ・フランは、肉体労働中の男たちの渇いた喉を癒すには適したワインだと考える。

 

Gustave Caillebotte “Les Raboteurs de parquet” (1875) オルセー美術館所蔵

Written by Fumi “Frank” Kimura

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