Paul Gauguin / 白いテーブルクロス × ガメイ(後編)

白いテーブルクロス

 

前編に引続き、Paul Gauguin(以下、ゴーギャン)の「白いテーブルクロス」を取り上げる。舞台は19世紀終盤のブルターニュ地方ポン=タヴァンである。

画中のワインについて論じる前に、まずはポン=タヴァンの位置から確認しよう。ポン=タヴァンは下の地図にあるように、フランス北西部に位置するブルターニュ地方の南側の小さな街である。海は近いが、港街ではない。街の中心を流れるアヴァン川河口のごく一部のエリアが大西洋との接点を持っているだけで、多くは内陸に在る。

美術評論家のGabriele Crepaldi氏の著作 “Gauguin” に拠れば、当時のポン=タヴァンにはゴーギャンが滞在していたPension Gloanecを含めて3軒の下宿屋しかなく、1日3食賄い付きで1ヶ月75フランの宿泊費だったようだ。同氏に拠れば、貧困に喘いでいたゴーギャンはポン=タヴァンに移る前にパリで1日5フランでビラ配りのバイトをしていたとあるので、それを現在の日本の最低賃金に置き換えると12時間労働で1万円程度。1フラン=2,000円程度の価値と推定されるので75フランでは15万円程度、つまり1泊当たり約5,000円の宿泊費だったということになる。3食付きでその値段であれば、比較的安価な料金設定の宿だったと言えよう。

そのような下宿屋で出され、ゴーギャンら画家たちが飲んでいたワインとは果たして…

france17.gif
がポン=タヴァン。フランス北西部の角に位置する

 

実は、ブルターニュ地方は気温が平均的に低いためブドウが育たない。故に、特産と言えるワインはない。果物と言えば、専らリンゴである。リンゴを発酵させて造った発泡酒シードルは、この辺りが発祥である。

ブルターニュ地方から最も近いワイン生産地は、本ブログでも頻繁に登場するロワール渓谷地方である。上の地図で言えば、ブルターニュ地方の東側に位置する “Pays de la Loire” と “Centre-Val de Loire” にかけて流れるフランス最長の河川ロワール川に沿って広がる産地である。

画中のワインは色の淡い鮮やかなルビー色。もしかするとロゼワインなのかもしれない。ロワール渓谷地方で造られるロゼワイン向けのブドウ品種で、かつ安価なテーブルワインであろうことを踏まえると、ガメイを中心としたピノ・ノワール等とのアッサンブラージュ(ブレンド)が思い付く。ロワール渓谷地方で最も西に位置し、大西洋に面しているペイ・ナンテ地区は、白ワイン向けブドウ品種ミュスカデ(ムロン・ド・ブルゴーニュ)の銘醸地だが、赤ワインやロゼワイン向けにはガメイが用いられる。

前編でも触れたが、本作が描かれたのは1886年の夏。さくらんぼが盛られていることから、ゴーギャンがポン=タヴァンに移り住んだ7月早々に描かれたものなのだろう。少し汗ばむ大暑の季節に、甘酸っぱいさくらんぼと良く冷やしたロゼワイン。組み合わせとしては申し分ない。

 

あれ、今回は割とあっさりと「答え」に辿り着いてしまった。とは言え、忙しさにかまけてサボっている訳ではない。本投稿で取り上げたいテーマが、実はもう1つあるのだ。

11月の第3木曜日。フランスにとって、1年の中でも特に重要な日。

そう、その年に収穫されたブドウで造られたVin de Primeur(新酒)の販売が許可される日である。今年のカレンダーでは、今週木曜の11月15日に解禁となる。フランス国中のワイン産地でお祭り騒ぎの中で、日本ではボージョレ・ヌーヴォー(ボージョレ地区で造られる新酒)が特に知られており、最大の輸出対象国にもなっている。日本は日付変更線の位置から考えて、どの消費地よりもイチ早く「11月15日」を迎える。つまり、本国フランスよりも8時間先にVin de Primeurを祝える訳だ。これも日本への輸出が多い理由のひとつだろう。

ところで、「11月の第3木曜日」というのはやや中途半端である。ワイン評論家Rod Phillips氏の著書 “French Wine: A History” に拠れば、以下のような史実があったようだ。

The wine producers of Beaujolais decided to accelerate the prosperity of their region in a more populist way. One of its profitable products was a young wine that went on sale in November, only weeks after its fermentation was complete. This was classified as a primeur wine, one released for sale before the spring following the harvest; others were produced in regions as diverse as Burgundy and Gaillac. When Beaujolais gained AOC status in 1937, it had continue to sell primeur wines, as well as wines that aged longer before release, but in 1951 the INAO* ruled that AOC wines could be not released for sale until 15 December of the year of harvest. Associations of vignerons in several appellations petitioned against the new rule, which was amended only months after it was issued, to allow the release of wines before 15 December, with no earliest date specified. The exemption applied not only to Beaujolais but also to wines such as the whites of Gaillac and aligoté in Burgundy. In Beaujolais, the new ruling was the go-ahead for what became known as “beaujolais nouveau,” a fruity red wine (also a rosé since 2007) made from gamay grape variety and intended to be consumed while it was very young.

From 1951, beaujolais nouveau was released on various dates, usually in early November, but in 1967, 15 November was agreed on as the date when it could go on sale.

*INAO (Institut National des Appellations d’Origine):仏国立原産地及び品質機関
Rod Phillips. (2016) French Wine: A History, University of California Press.

 

上記に拠ると、1967年にVin de Primeurの解禁日は「11月15日」と制定されたとのことであるが、それが「11月の第3木曜日」と変更になったのは、平日に固定してしまった方が週末休みの飲食店や流通業者に親切だから…ということらしい。今年はたまたま、従前の解禁日である「11月15日」と重なることになる。

さてここからは、Vin de Primeurのうち、ボージョレ・ヌーヴォーにフォーカスする。上記にもあるように、ボージョレ・ヌーヴォーはガメイ から造られる。ゴーギャンの画中のワインをロワール渓谷地方ペイ・ナンテ地区のガメイ主体のロゼとしたが、同じガメイでもその生産地が異なり、ボージョレ地方はフランス東部に位置している。

ボージョレ・ヌーヴォーは他の赤ワインと比べてやや癖があると感じる読者も多いようだが、そう感じる方は味覚・嗅覚のセンスがあるのかもしれない。何故なら、ボージョレ・ヌーヴォーは他の赤ワインと造り方が異なるからである。“macération carbonique” と呼ばれる独特の製法であるが、バナナの香りを思わせる酢酸イソアミルという物質が生じやすくなる。通常の赤ワインと比べて違和感を覚えるのは、品種個性でも熟成期間の短さのせいでもなく、製法の違いに由来するものである。

では最後に、結局何を飲めばいいの?という皆様の声にお応えして、筆者のイチオシを紹介しよう。それはズバリ、Philippe Pacalet(以下、パカレ)のボージョレ・ヌーヴォーである。パカレと言えば自然派ワインの造り手として有名であり、そのトップ・キュヴェはEchezeauxもしくはCharmes-Chambertinだが、ボージョレ・ヌーヴォーも生産している。彼の伯父が、ボージョレの有機農法の第一人者Marcel Lapierreであることも、ヌーヴォーを生産している理由のひとつなのかもしれない。パカレのヌーヴォーはバナナの香りが比較的少ないように感じるが、それは普段から野生酵母の働きを重要視し、SO2(亜硫酸ガス)を使わない製法でワインを醸造しているからに他ならない。他のボージョレ・ヌーヴォーと比較して価格はやや高いかと思うが、それでもぜひ味わって頂きたいワインである。

スクリーンショット 2018-11-11 14.42.22

 

Paul Gauguin “La Nappe blanche” (1886) ポーラ美術館所蔵

Written by Fumi “Frank” Kimura

Paul Gauguin / 白いテーブルクロス × ガメイ(後編)” への2件のフィードバック

追加

    1. 初めまして、Frankです!
      コメントありがとうございます:-)
      少しでも絵画とワインに興味を持って頂けたなら本望です!
      また面白い記事書けるように頑張りますね!

      いいね: 1人

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

WordPress.com.

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。