Vincent van Gogh / 赤い葡萄畑 × グルナッシュ(後編)

Red_vineyards

 

先週に引き続き、Vincent van Gogh (1853-1890)(以下、ゴッホ)の「赤い葡萄畑 (1888)」をフォーカスする。

 

今回のワイン…いや、ブドウの特定は非常に容易である。
これまでのようにボトルに詰められたワインではなく、畑に植えられたブドウである。
プロヴァンス地方はアルル近郊の畑で育った黒ブドウ…と、ここまで特定できている。

プロヴァンス地方と言えば、何と言ってもロゼワインである。
同地方で生産されるワインの実に9割近くがロゼワインなのだから。
ロゼワインはサンソー、グルナッシュ、シラーを主要品種としたアッサンブラージュ(ブレンド)で作られることが多く、アルルに程近いAOCのCoteaux d’Aix-en-ProvenceやLes Baux de Provenceでもその傾向がある。

という訳で、今回はあっさりと「答え」に辿り着いてしまった。
読み応えがなくて申し訳ない…

 

…となるはずだった。
ある「重要な事実」に気付くまでは。

 

その「重要な事実」もゴッホの「手紙」が教えてくれた。
以下は、1888年11月3 日の土曜日にゴッホが弟テオに宛てた「手紙」である。

My dear Theo,

Gauguin and I thank you very much for sending 100 francs, and also for your letter.
Gauguin is very happy that you like his consignment from Brittany, and that others who’ve seen it have liked it too.
At the moment he’s working on some women in a vineyard(=「葡萄の収穫 − 人間の悲哀」), entirely from memory, but if he doesn’t spoil it or leave it there unfinished it will be very fine and very strange. Also a painting of the same night café that I too have painted.
I’ve done two canvases of a leaf-fall, which Gauguin liked I think, and am now working on a vineyard, all purple and yellow(=「赤い葡萄畑」).

(snip)

But if only you’d been with us on Sunday! We saw a red vineyard, completely red like red wine. In the distance it became yellow, and then a green sky with a sun, fields violet and sparkling yellow here and there after the rain in which the setting sun was reflected.

We shake your hand firmly in thought, and more soon, I’ll write to you again as soon as I can, and also to our Dutchmen.

Ever yours,
Vincent

 

Vincent van Gogh The Letters. Van Gogh Muséum & Huygens ING.
http://vangoghletters.org/vg/letters.html

 

「手紙」に拠ると、Paul Gauguin (1848-1903)(以下、ゴーギャン)がアルルに到着したのは10月23日頃、ゴッホがゴーギャンを連れ立って「葡萄畑」を散策したのが同月28日、本作を描いたのが翌11月3〜10日にかけて…となる。

「10月28日」。
私の誕生日…ではあるが、注目したいのはそこではない。
ブドウの収穫のタイミングとしては、あまりに遅すぎるということである。

スクリーンショット 2018-12-09 12.47.22
仏ワイン産地のブドウ収穫タイミングの変遷。地球温暖化の影響で、収穫時期が早まっている。

 

上掲のグラフはObservatoire National sur les Effets du Réchauffement Climatique (ONERC) が公表している、フランスの主要ワイン産地別の収穫タイミングの変遷である。
https://www.ecologique-solidaire.gouv.fr/impacts-du-changement-climatique-agriculture-et-foret

いずれの産地においても、1960年以降の約60年間で収穫タイミングが早くなっているが、これは地球温暖化の影響である。例えば、同じく南仏コート・デュ・ローヌ地方のロゼワインの産地タヴェル(黄色ライン)では、直近の収穫時期が9月頭である一方で、60年ほど前は9月25日前後に収穫をしていたことが分かる。つまり、3週間ほど収穫時期が早まったということである。

現在のプロヴァンス地方の収穫はおおよそ9月上旬に行われるので、仮に3週間の収穫タイミングのズレが生じていると仮定した場合、ゴッホが本作を描いた1888年当時は9月末から10月頭にかけて収穫を行っていたのが通例と考えられる。

それでも「10月28日」というのはやや遅い。
疑問に思いながら更に調べてみると、面白い事実が判明した。
1888年は前後20年間で最も夏の平均気温が低かったのである。

冷夏はブドウ栽培にとって敵である。
着色期、成熟期の平均気温が20℃以下では、ブドウは完熟せず、糖度は十分に上がらない。
糖を酵母の働きによってアルコールと炭酸ガスに変換させて造るワインにとって、収穫段階でブドウの糖度が低いことは致命的なのである。

「10月28日」の収穫になった理由は、収穫時期を後ろ倒しにして、少しでもブドウの糖度を上げようと試みた結果ではないだろうか。

ロゼワイン用のブドウは早摘みすることが多いため、恐らく赤ワイン用の黒ブドウであろうと想定が付く。元々晩熟タイプで長い生育期間が必要なグルナッシュ辺りが、候補として挙げられよう。

Marseille
プロヴァンス地方マルセイユの1880〜1900年にかけての気温の推移。1888年は冷夏だった。

 

南仏特有の冷たくて強い地方風ミストラルが吹き荒れる中で、人々は夕陽を浴びながら黙々とブドウの収穫をしている。
1888年が冷夏でなければ、例年通りの収穫時期であれば…
ゴーギャンがアルルに到着する頃には収穫はすべて済んでおり、ゴッホ独りでは「葡萄畑」を主題とした絵を描いていなかったかもしれない。
そう考えると、どこか特別な作品のように、愛おしくすら感じられる。

1890年2月、ベルギーのブリュッセルで開かれた展覧会で、本作を400フランで購入したいとする者が現れた。
そして、ゴッホの死の5ヶ月前、本作は生前に唯一売れた作品となった。

 

Vincent van Gogh “La Vigne rouge” (1888) プーシキン美術館所蔵

Written by Fumi “Frank” Kimura

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