P. S. Krøyer / Hip, Hip, Hurrah! × ピノ・ノワール(前編)

Hip, Hip, Hurrah!

 

“Three cheers for Her Majesty the Queen!!
Hip hip… Hooray!! Hip hip… Hooray!! Hip hip… Hooray!!”

エリザベス2世に対する祝辞として、イギリス連邦王国では良く見かける光景である。
公式な式典では、勲章多めのいかにもお偉い軍人さんが “Hip hip…” と大声で唱えた後に、周りの群衆が “Hooray!!” と呼応する、そしてそれを3回繰り返す、というのが “Three cheers”  のしきたりである。“Three cheers” は19世紀前半から祝杯の挨拶として庶民にも広まっていったとされる。
Remembrance Dayにおける“Three cheers”(0:55〜)

 

2019年最初の投稿は、いかにも新年の「門出」にふさわしい “Three cheers” を画題とした、北欧の画家 Peder Severin Krøyer (1851-1909)(以下、クロイヤー)の “Hip, Hip, Hurrah! (1888)” である。

舞台はデンマーク最北端の港町スケーエン。

7人の男たちがフルートグラスを片手に祝盃をあげ、それに女と子供が同調している。男たちの表情は活気に溢れ、目前に広がる洋々たる未来を愉しんでいるかのような印象を受ける。

優しく差す木漏れ日が、人々が発する柔和なエネルギーを一段と和らげ、心地良い空気感を醸成している。

 

クロイヤーは1851年にノルウェーで生まれ、程なくしてデンマークの首都コペンハーゲンに移り住んだ。幼い頃から芸術的才能を認められ、19歳の若さでデンマーク王立美術アカデミーを卒業。在学中からその名は知られ、まさに順風満帆な船出であった。

26-30歳にかけて、クロイヤーはパトロンの支援を受けて「修行の旅」に出た。パリを拠点にスペインやイタリア諸国を訪れ、パリでは画壇の重鎮であったLéon Bonnat (1833-1922) に師事した。クロイヤーが故郷デンマークを離れ「修行の旅」に出ていたのは1877-1881年。ちょうどパリでは印象派展が開催されていたタイミングでもあったことから、そこで大きな刺激を受けたことは疑う余地もない。

クロイヤーが本作の舞台であるスケーエンを初めて訪れたのは1882年の初夏のこと。

スケーエンは北海とバルト海の接合部に位置し、カテガット海峡を挟んで対岸はすぐにスウェーデンである。日本で例えれば北海道の宗谷岬のような、そんな異郷の地であったスケーエンにスポットライトが当たったのは、コペンハーゲンで活躍していた若き芸術家たちが「ありのままの自然の姿」を求めて移り住んだ1870年代半ば以降のことであり、歴史はそう古くない。

danemark
スケーエンは首都コペンハーゲンから遠く離れた異郷の地であった

 

「修行の旅」から故郷に戻り、新しいモティーフを模索していたクロイヤーも、コロニー(同好者たちの生活共同体)としての名声を確立しつつあったスケーエンに引き寄せられた芸術家の1人だった。

スケーエン美術館長の Lisette Vind Ebbesen 氏は、クロイヤーのコロニーへの参加について以下のように述べている。

スケーエン派で遅れてこの地にやって来た者のなかに、ヨーロッパ各地での滞在経験をもつ著名なデンマークの画家ペーダー・セヴェリン・クロヤーがいる。すでに彼は、コペンハーゲンの王立美術アカデミーに在学中、またパリでの修業時代に他の多くの画家たちと知り合っていた。1882年夏のクロヤーのスケーエンへの到来によって当地の芸術家コロニーの国際的な地位は高まり、その活動は大きな注目を集めるようになった。

Lisette Vind Ebbesen (2017)
「スケーエン派の画家たち(近藤真彫訳)」『スケーエン:デンマークの芸術家村』図録.

 

スケーエン派の画家たちも快くクロイヤーの訪問を受け入れ、その実力も伴って、直に同派の中心人物となった。

brøndums_hotel_1891-92
ブロンドゥム・ホテルの食堂での芸術家たちの集い。右端に写っているのがクロイヤー Photo by P. S. Krøyer, 1980s, Art Museums of Skagen

 

画家たちは、スケーエンの古い街並みの一角に佇むブロンドゥム・ホテルに集った。それは偶然ではなく必然であった。なぜならば、ホテルの主人であった Degn Brøndum (1856-1932) の妹 Anna Brøndum (1859-1935) も画家であったからである。彼女は1880年に、スケーエン派のもう1人の中心人物でありホテルの「住人」でもあった Michael Ancher (1849-1927) と結婚し、Anna Ancher と名乗った。こちらの名の方が世に知れているが、いずれにせよクロイヤーがスケーエンを初めて訪れた時には、既に2人は夫婦であったということになる。

1883年には2人の間に子が授かり、翌年にはホテルの近くに家を買った。その「新居祝いのパーティ」が本作のモティーフとされている。本作には11人の人物が登場するが、クロイヤー(左から4番目)、ホテルの主人 Degn Brøndum(同5番目)、Michael Ancher(同6番目)、Anna Ancher(右から2番目)とその娘(いちばん右)の他に、同じくスケーエン派の代表画家である Viggo Johansen (1851-1935) やノルウェー人画家の Christian Krohg (1852-1925)、スウェーデン人画家の Oscar Björck (1860-1929)、デンマーク人画家の Thorvald Niss (1842-1905) らの姿もある。

画中にクロイヤー自身が描かれているのは、実は本作はパーティの光景を撮影したドイツ人画家でフォトグラファーでもあった Fritz Stoltenberg (1855-1921) の写真を参考にしながら描かれたから…とされ、1888年に完成した本作の中で本来であれば当時1歳のはずであるMichael Ancher と Anna Ancher の娘がヤケに「成長」して描かれているのは、パーティ開催後の4年間の月日の流れを映し出したもの…とも考えられる。

 

最後に、2019年の皆様の晴れ晴れしい「門出」を祝して…

“Three cheers for Our Brilliant Future!!
Hip hip… Hooray!! Hip hip… Hooray!! Hip hip… Hooray!!”

 

《後編に続く》

 

Peder Severin Krøyer “Hip hip hurra! Kunstnerfest på Skagen” (1888) イェーテボリ美術館所蔵

Written by Fumi “Frank” Kimura

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