前編に引続き、Peder Severin Krøyer (1851-1909)(以下、クロイヤー)の “Hip, Hip, Hurrah! (1888)” を取り上げる。クロイヤーは、19世紀末から20世紀初頭にかけてデンマーク最北端の街で興った芸術家たちのコロニー「スケーエン派」の代表画家である。
本作には何種類かの「ワイン」が登場するが、まさに「乾杯」の瞬間を捉えた作品であることを勘案し、フルートグラスに注がれた淡いイエローの「ワイン」にフォーカスさせて頂く。
まず…
細長いグラスの形態、テーブルに置かれたボトルのやや深めのキャップシール、「祝宴」というシチュエーション等を踏まえると、「スパークリング・ワイン」であることに異論はないだろう。
「スパークリング・ワイン」は「発泡性ワイン」の総称かつ英名で、フランス語ではVin Mousseux(ヴァン・ムスー)、イタリア語ではSpumante(スプマンテ)、スペイン語ではEspumoso(エスプモーソ)と呼ばれる。
上記のような一般名称がある中で、特に優れた「スパークリング・ワイン」には固有の名称が付けられていることがある。
お馴染みのChampagne(シャンパーニュ、シャンパン)は「フランス シャンパーニュ地方の特定のエリア、特定の製法で造られた発泡性ワイン」の呼称であり、Vin Mousseux に内包される概念である。Champagne と同じ製法でも、シャンパーニュ地方以外のエリアで造られるとCrémant(クレマン)という別の名称で呼ばなければならない。Crémant d’Alsace (アルザス地方で造られたクレマン)、Crémant de Bourgogne(ブルゴーニュ地方で造られたクレマン)というのがその例である。
また、Champagne にも劣らない品質と世界的に高く評価されているFranciacorta(フランチャコルタ)は「イタリア ロンバルディア州の特定のエリア、特定の製法で造られた発泡性ワイン」の呼称、イタリアンが好きであれば聞いたことがあるだろうProsecco(プロセッコ)は「イタリア 主としてヴェネト州の特定のエリアで造られた発泡性ワイン」の呼称であり、いずれも Spumante の一種であると言える。
最近スペインバル等での露出が増えているCava(カヴァ)は「スペイン 主としてカタルーニャ州の特定のエリア、特定の製法で造られた発泡性ワイン」の呼称であり、Espumoso の一種である。
その他、「発泡」の強さによっても呼称が異なる。いわゆる「弱発泡性ワイン」であるが、フランスではPétillant(ペティヤン)、イタリアではFrizzante(フリッツァンテ)と呼ばれる。イタリアのエミリア・ロマーニャ州やロンバルディア州で造られる「弱発泡性ワイン」にLambrusco(ランブルスコ)があるが、黒ブドウから造られる「赤いスパークリング・ワイン」として、テーブルに花を添えるワインである。
このように「スパークリング・ワイン」と一言で言えども国・産地や製法によって様々な種類がある中で、画中のワインはいずれに該当するのか…というのが、今回の謎解きのテーマである。

ズバリ結論から申すと、Champagne の可能性が高いのではないかと考える。
デンマークと国境を接するドイツの「スパークリング・ワイン」という選択肢も残るものの、歴史的な視点から考えるとその可能性は低下する。というのも、1848-1864年にかけてデンマークとドイツ(プロイセン)は国境の領土を巡ってシュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争を勃発しており、犬猿の仲だったからである。また、第二次世界大戦においても1940-1945年にかけてデンマークはナチス・ドイツの占領下に置かれている。一方、フランスとは比較的良好な関係性を構築していたようである。
もう一つ、Champagne を選んだ理由がある。それにはロマノフ朝第12代ロシア皇帝アレクサンドル2世(在位:1855-1881)が大きく関わっている。実はこの皇帝、大の Champagne 好きだったのである。特にシャンパーニュ・メゾンのLouis Roederer(ルイ・ロデレール)をこよなく愛し、間もなくして「ロシア帝国」が同メゾンの最大の顧客となった。1876年には、アレクサンドル2世のリクエストに応え、平底のクリスタル・ボトルにワインを詰めた、その名もCristalが販売されることになった。今でも同メゾンのプレステージ・キュヴェとして優良年のみに造られる、特別な Champagne である。

重要なのは、その販路である。当時のロシア帝国の首都は、バルト海東部のフィンランド湾に面したサンクトペテルブルク。フランスから船によって運ばれた Champagne は、大西洋からドーバー海峡を渡り北海に出て、デンマーク経由でバルト海に入るという、そういう航路であったに違いない。スケーエンに商船を迎え入れるほどの港がなかったとしても、少なくとも「商人たちの港」を名の由来に持つコペンハーゲンには、寄港地として Champagne 等のフランス・ワインが出回っていた可能性が高い。
Champagne は主に3つの品種のブドウをアッサンブラージュ(ブレンド)して造られる。白ブドウのシャルドネ、黒ブドウのピノ・ノワールとムニエである。画中のワインに関してどの品種の比率が高いかは判断に迷うところであるが、Louis Roederer がピノ・ノワール主体で造られることが多いことや、歴史的に最高の Champagne を造ってきたと言われたヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区のアイ村もピノ・ノワールの構成比率が高いことから、今回はピノ・ノワールということにさせて頂く。
最後に夢のある話をしよう。2010年、バルト海のフィンランド沖で沈没した難破船が見つかった。 ダイバーが調査のために潜ってみると、そこには168本の Champagne のボトルが残されていた。その中にはなんと…シャンパーニュ・メゾンVeuve Clicquot(ヴーヴ・クリコ)の1839年ヴィンテージが含まれていたというのである。170年近く海底の暗黒の中で眠っていた Champagne。味は今よりも甘く、但し Champagne の特徴がしっかりと残っていたとのことである…

Peder Severin Krøyer “Hip hip hurra! Kunstnerfest på Skagen” (1888) イェーテボリ美術館所蔵
Written by Fumi “Frank” Kimura
非常に勉強になります(^^)/
スペインはcavaと知ってましたが、クレマンは知らずに飲んでました(^^;
クレマンはシャンパン製法で、スパークリングワインでもちょっと高級なのかと思ってましたが、そういうわけでもないのですね(^^;
ヴーヴ・クリコの話、すごいですね。
シンガポールのパンパシフィックのクラブフロアでピンクのヴーヴ・クリコを、惜しげもなく飲ませてもらってから大ファンです(*^^)v
いいねいいね
コメントありがとうございます。でもクレマンの解釈はあながち間違ってないと思いますよ!やはりヴーヴ、美味しいですよね!
いいねいいね: 1人
はい。でも高いので普段のみは無理ですが…( ;∀;)
いいねいいね
ヴーヴくらいになるとブランド価値も価格に反映されてしまうので、ちょっとお高めですよね!
安うまワインを探しましょう!
いいねいいね: 1人