Balthus / おやつの時間 × Seyssel (後編)

Still Life with a Figure 1940 by Balthus (Balthasar Klossowski de Rola) 1908-2001

 Savoie へ、山のワイン

この作品が描かれた1940年は第二次大戦中であり、パリにいたバルテュスはドイツ軍から逃れ、フランス東部の山岳地帯であるサヴォワ地方、シャンプロヴァンという場所へ住まいを移しました。そしてその年に描かれた作品です。

バルテュスの描いたシャンプロヴァンの風景。
右手の真ん中あたりの畑は、ぶどうに見えなくもない。
(landscape of champrovent / 1942)
バルテュスはそもそも山が大好きだった。
これはスイスの切り立った山々の記憶から描いた作品。(the Montain/1936)
むき出しの岩壁がすべらかで白く美しく、
少女の肌色とも呼応しているように見える。

精巧に描かれたワイングラス、中のワインはゴールドがかった薄めのクロムイエローで描かれ、ちょっとシルバーのような輝きもあって、いかにも美味しそうです。
バルテュスは、ワインに明るかったのでしょうか。

絵画について、仕事について、また自身の生活の断片を語った本に目を通しても、お茶や夫人の作ってくれる焼き菓子について語ることはあれど、ワインに触れている箇所は見当たりませんでした。
敬虔なカトリック教徒ということを踏まえても、あまり食ぜんたいに関心が高かったわけではないのかもしれません。

しかし、ただ絵のモチーフとして描くなら、赤ワインでもよかったはずです。 前編でも触れた通り、この絵にはどこかキリスト教を思わせるモチーフが散りばめられています。 ならばなおのこと、ワインは赤を選びそうなもの。 *
なぜ白ワインだったのか。

まず、画家の暮らしていたこのサヴォワ地方について簡単に。 ボルドーやブルゴーニュは言うに及ばず、ロワールやプロヴァンス、コート・デュ・ローヌといったフランスの他ワイン産地と比べても、ほとんどの方にとって聞いたことがない地名であると思います。


でも実はワイン造りの歴史は他地方と変わらず古く、ぶどう畑はスイス国境からローヌ河やイーゼル河沿いの山岳地帯で、数百年作り続けてきました。 そしてできるワインはと言うと、約7割が白ワイン。 アルテス、ジャケール、モンドゥーズ、シャスラなどなかなか聞きなれない、アルプスの気候に耐えらえる独自のぶどう品種を使った山のワインです。

セイセルのぶどう畑

戦争と制作

他のワイン産地の台頭や戦争で、当時のサヴォワ地方の生産量は昔に比べぐっと減ってはいたものの、戦時中で物流がスムーズでなかった当時、地元のものを手にする機会はむしろ高かったのではないかと思います。 赤ワインが手に入らなかったわけではないでしょうが、白ワインの方が身近だったはずです。

ところでこの作品は油彩なのですが、キャンバスではなく「板に貼られた紙」に描かれています。 (これだけの質量で、驚くべきことです。ぜひ一度実物を目にしてみたいところ)
所蔵先のテート・ギャラリーによると、その原因のひとつはやはり戦争下のフランスで、物が手に入りにくかったからではないかと言われています。

古典的なスタイルの場合、一つ一つのモチーフを誠実に描くことは重要です。 できる限りモチーフは実際に目の前にあることが理想的。そんなわけでキッチンにあったワインをグラスに注ぎ、テーブルに並べたのでしょう。

1000年前の名前

サヴォワ地方でワイン造りが長く行われていたとはいえ、この地方に今のように「原産地呼称」があったわけではありません。 「原産地呼称」=A.O.C. は、そのワインがどこの地域で(どのように)作られたかを公的に示すもので、厳正な決まりに法ってワインを造らなければ取得できません。ワインのエチケット(ラベル)に書かれており、これがあるおかげで私たちはそのワインの大まかな性格を、ボトルを空けずとも掴むことができます。

そのA.O.C. を、サヴォワ地方で最初に取得したのがSeysselで、1942年の2月のこと。 Seysselのぶどう畑ははジュネーヴの南のセイセル村を中心とし、ローヌ河に沿って広がっています。 この作品が描かれた2年後のことですから、当時でもすでにクオリティの良いものであったはずです。

画家の家は、ローヌ河とその東のブールジェ湖(レマン湖の西南にある湖)の間にありました。 この「セイセル」の生産地域から30kmほど河を下ったあたりです。

実はこのあたりにも、のちにVin de Savoie というA.O.C.を取得するぶどう畑があるのですが、割と豊かな暮らしをしてきたバルテュスですから、おそらく当時から名前も通っていたであろうセイセルのワインを選んでいても不思議はありません。そしてこの作品においてもらいたい、ささやかな理由もあります。

サヴォワ地方の中では最も歴史も厚みもあるワインで、数年の熟成が必要だといわれるセイセルは、彼のクラシックな作品のトーンとぴったり。

“Seyssel” の名前がはじめてワインとして書物に言及されたのは1145年に遡り、その後14世紀のはじめに「アルヴィエール」という村の僧侶がぶどう畑を整えて現在にいたります。

美術でいえば初期ルネサンスの時代のこと。古典をどこまでも敬愛していたバルテュスに、ぴったりではないでしょうか。

*追記 あとで調べたところ、ミサで使われるワインには、特に赤白の決まりはないそうです。なんとムルソーを使う修道院もあるとか・・。余談ですが。

Balthus “ Le Goûter” (1940) テート・ギャラリー蔵

Written by E.T.

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