Pierre-Auguste Renoir/ 昼食× Beaujolais (後編)

ワイン

今週は、もう少しテーブルの上に着目して、ワインを想像していきましょう。 ボトルは端っこに申し訳な程度に描かれているのみなので、素直にグラスのワインを見ていきます。


ワインの色は、明るくピンクっぽいルビー色。グラスの残量が少ないせいもありますが、きれいな透明感があります。 となると、フランス国内でいうとぶどう品種はブルゴーニュに多いピノ・ノワールか、ガメイが考えられます。あるいは色の濃いロゼワインの可能性も。

考慮に入れなければいけないのが、このブログでも何度も登場するぶどうの病害・フィロキセラ(ロートレックの回参照)で、ことに印象派時代は私たちが今当たり前に想像する、正規のワインは乏しい時代でした。
あまりにも打撃が大きかったことと、同時に科学の進歩が悪い方に影響し、ぶどうだけでなく悪質なアルコールや水、ほか今では考えられないような添加物もたくさん使って、変造されたワインが出回っていたのです。


とはいえ、このテーブルにそういったものが介入しているとは考えにくい。 全体の様子からも、男性の小指にはめられているシグネット・リングらしきものを見ても、ブルジョワの昼食であることは間違いないからです。

シグネット・リングには家紋が刻印されることが多い

ロゼということはあるでしょうか。
フランス三大ロゼワインの一つである、ローヌ地方のタヴェルなどは非常に濃い色をしていますが、フランスで最初にフィロキセラがたどり着いた地区にほど近く、おそらく大打撃を被っている最中。そんな時にパリにいる彼らがわざわざ取り寄せるものでもなさそうです。 フランス北西部、ロワール地方でもガメイ品種のワインは生産されていますが、(ゴーギャンの回をぜひご覧ください) 彼らの生活水準を鑑みると、今回はブルゴーニュ南部のボジョレー地区のワインの方が有力だと考えます。


今でこそ、特に日本人にとってはボジョレー・ヌーボーの安価なイメージが先行する同地域ですが、特にフィロキセラ以前はボジョレー地区というのはコート・ドール(ブルゴーニュワインの最高品質を誇る産地)と比較しても一目置かれる地域であり、ブルジョワが手を出すのにも十分な産地であったことでしょう。

チーズ

ところで、これは昼食のいつの時点の風景なのでしょう。 テーブルの上は非常にシンプルで、メイン料理はなく、バゲットとチーズらしき白い食べ物があるきりです。

輝くシルバーボウル(おそらく純銀)に乗ったこの白い物、伝統的な円形を想像するとちょっと形がいびつですが、色からして白カビチーズに見えます。

覆っている色は、卵など食べ物の白というよりは、グレーがかった白。 印象派の雪景色の表現によく見られる、薄紫も使われている。ちらりと見える中身はクリーム色。
こんな色の食べ物はなかなか他に思いつかないので、彼らがパリにいることを踏まえ、これはパリ近郊 イル・ド・フランスで作られた、中身の大変やわらかいブリーチーズで、カットする時に少し歪んでしまったということにしておきます。

そうすると、透明感のある軽やかな赤ワインとはぴったりの組み合わせ。
こうして書いているだけでそんな昼食が待ち遠しくなってきます。

とろけるブリー。パリ近郊のブリー地方で、1000年以上前から作られているとされる歴史あるチーズ

パン

あたたかな色合いに焼きあがったパン。
ちなみに先にバゲットと書きましたが、この作品が描かれた時代ではまだ「バゲット」という言葉は使われておらず、そもそもここまで長い形のパンが食べられるようになってからまだ歴史も浅い時期でした。

これが、いわゆるカンパーニュのような、昔からある丸い田舎パンでなかったことが、ここでは重要なことだと思えます。
「現在の風俗」を描こうとしたルノワールは、ことにパリでは新しい、洗練された文化に積極的に美を見出していたのではないでしょうか。

この「昼食」、最初はメインが出る前、あるいは下がった後のテーブルかと思っていましたが、だんだんとこれがランチのすべてのように見えてきました。
部屋も、白いテーブルクロスも、ワインもパンもチーズも、美味しそうで贅沢ですが決して豪奢ではなく、むしろささやか。 だからこそ美しいのかもしれません。

“痛みはいつか消えるが、美は永遠に残る”

最後に、幸福の画家と言われたルノワールのこの言葉でこの回を終わりたいと思います。
捉え方は人それぞれですが、ここでは「美」そのものが永遠なのではなく、”美の印象” は永遠に「残る」ことができる、ということなのかもしれないと、私は思いました。

果たして “痛みの印象” は、残るでしょうか。


前回も述べましたが、ルノワールは環境に恵まれて幸福だったわけではありません。 楽観的だったのでもありません。 でも、愉しく美しいものの断片を見つけ、それを扱うことで幸福に生きようとした、気高い精神の画家でした。

いつも美を忘れないこと。それが幸福の秘訣かもしれません。

Pierre-Auguste Renoir “ Le Déjeuner” (1875-79頃) バーンズコレクション
Written by E.T.

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

WordPress.com.

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。