Pierre Bonnard / 犬を抱く女 × メルロー(前編)

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食卓を前に、女が仔犬を抱いている。
その朧な目付きからは生気がまるで感じられず、ブルーグレーの背景と相俟って、物哀しさを覚える。
補色にも近しい猩々緋のセーターも、女の心の淋しさの現れだろうか、何処と無く、くすんで見える。

テーブルには食べ物とワインボトルが置かれているが、ディナー中の光景…と短絡的に決めつけるにはしっくりこない何かがある。
卓上にフォークもグラスもないからであろう。

もしかすると仔犬に餌を与えているところなのかもしれない…

 

本作はPierre Bonnard (1867-1947)(以下、ボナール)の作品「犬を抱く女」である。ボナールは美術史的にはPaul Gauguin (1848-1903)(以下、ゴーギャン)を師と仰ぐ「ナビ派」の代表画家とされるが、ナビ派自体が19世紀の終わりを駆け抜けた短命な思想であったことから、1922年に描かれた本作からはゴーギャンの教え、すなわちSynthétisme物質内部から出るエネルギーを感じて、写実性にこだわらず、絵に思想的内容を盛り込もうとする画法)はやや薄れているように感じる。

ボナールは、ゴーギャンの思想のみならず、日本の「浮世絵」から多大な影響を受けた。ナビ派結成後間もない1890年にパリで開催された「日本の版画展」で「浮世絵」と出逢ってからである。ボナールはナビ派のメンバーの中でも特にジャポニスムに対する傾倒が強かったことから、批評家Félix Fénéon (1861-1944) に「日本かぶれのナビ」と揶揄されるほどであった。

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ボナールの「乳母たちの散歩、辻馬車の列 (1897)」。四曲一隻の作品であり、屏風のような形状や余白の使い方等から、ジャポニスムの影響を色濃く受けたものと確認できる

 

まず注目頂きたいのは、本作の「構図」である。

手前から奥に「ワインボトル」→「卓上の皿」→「仔犬」→「女」と直線的に並んでいる。その中でも特に気になるのは「ワインボトル」。そこに配置しなくても、絵に向かって左側のスペースとか、極論なくても良かったのでは…とすら思えてしまう。敢えて手前に配置した理由は何なのだろう。

恐らくこれも「浮世絵」の影響ではないかと考える。下掲の絵は、歌川広重 (1797-1858) の119枚に亘る大作「名所江戸百景」のうちの3作である。「浮世絵」には陰影がなく、また一点透視図法的な遠近感、立体感もない。広重は「平面」の世界の中で、大胆にもモティーフを手前と奥に重ねることで遠近を表現しようとした。

ボナールも広重の版画を自ら購入し、手元に置いていたと言われている。「ワインボトル」の配置は、「浮世絵」からヒントを得て、ボナールなりに奥行きや空間を表現しようとした証左なのではないだろうか。

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歌川広重の「名所江戸百景」より、左から「はねたのわたし辨天の杜 (1858)」「亀戸梅屋舗 (1857)」「水道橋駿河台 (1857)」。真ん中の「亀戸梅屋舗」はVincent van Gogh (1853-1890) が模写したことでも知られている

 

続いて「女」について。

本作が描かれた1922年時点で、ボナールにはMaria Boursin (1869-1942)(通称、マルト)と呼ばれる事実婚の「女」がいた。マルトとの出逢いは1893年とされ、モデルとしてボナールの制作を支えた。

他方、ボナールには複数の愛人がいた。特にボナールは、マルトの友人でもあったRenée Montchaty (?-1925)(以下、ルネ)と激しい恋に落ちた。精神病を患っていたとされるマルトとは対照的に、ブロンドの髪を持つ彼の若い「女」に、ボナールは心を揺すぶられた。

ボナールはルネをモデルとした絵も複数描いているが、本作のモデルは恐らくマルトであろう。何故か。答えは簡単である。ペットの仔犬が懐いているから…

マルトとルネの話には続きがある。ルネとの関係性に嫉妬したマルトは、ボナールに正式に結婚するように迫った。1925年の夏のこと、出逢って30年以上が経過していた。結局ボナールはマルトと結婚した訳だが、その数週間後にルネは自ら命を落とした。「最愛の愛人」の死は、長くボナールを悩ませた。

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ボナールが描いたルネ。「庭の若い娘 (1921-23)」個人蔵。ボナールは自殺したルネに対する自責の念から終生手元に置き、何度も筆を加えたという。最終完成は1945-46年。マルトをモデルとした絵とは対照的に、暖色を基調とした華々しい仕上がりとなっている

 

最後に 「Intimism(アンティミスム)」 について。

「親密派」とも呼ばれ、広くはオランダのJohannes Vermeer (1632-1675) を指すこともあるが、狭義にはボナールと同じナビ派に属するÉdouard Vuillard (1868-1940) を指すことが多い。定義が確立している訳ではないが、親しい家族や友人、ペット等の身近な対象物をモティーフとしたことから、この名で呼ばれることがある。

本作で描かれた仔犬もボナールのペットとされるが、この他にも犬や猫の絵を多数描いた。実際ボナールは何匹かの犬と猫を飼っていたとされ、幾つかの写真も現存している。

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ボナールと愛犬のツーショット (1941)

 

《後編に続く》

 

Pierre Bonnard “Woman with Dog” (1922) フィリップス・コレクション所蔵

Written by Fumi “Frank” Kimura

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