先週に引き続き、Pierre Bonnard (1867-1947)(以下、ボナール)の「犬を抱く女」である。
今回も例に漏れず、特に大きなヒントはない。強いて言えば、ワインのコルクに赤みがかった染みが認められることから、赤ワインであろう…ということを前提に話を進める。また、本作が描かれたのはパリ郊外の自宅であろうことから、フランスワインであることも間違いなかろう。
注目したいのは、ボトルの形状である。特に「肩」の部分。画中のワインボトルにはしっかりとした「いかり肩」が見て取れるが、これは「ボルドー型」と呼ばれるボトルの形状である。では何故このような形状をしているのか。それは「澱(おり)」がグラスに注がれないように、「首元」で止める役割があるからである。

では「澱」とは何か。難しい漢字だが「沈殿」の「殿」は正式には「澱」、すなわち「よどみ」である。ワインで言うところの「澱」とは、「日本ソムリエ協会 教本2018」の言葉を借りれば「ブドウ果実由来のペクチン、ポリフェノール、酒石、蛋白質、さらに酵母菌体などの混合物」である。10年程度熟成させた(主に)赤ワインやノン・コラージュ(清澄剤不使用)、ノン・フィルトラージュ(無濾過)の濁ったヴァン・ナチュール(自然派ワイン)には比較的現れやすく、瓶底に溜まった固形物が観察できる。
つまり「澱」が溜まりやすいブドウ品種のワインが「ボルドー型」のボトルに詰められて出荷されることになる。特に「ポリフェノール」、すなわち「タンニン」という渋み成分が多く含まれた品種で造られたワインが該当する。いかにも濃いめの赤ワインを飲んだ時に感じる収斂性、感覚的に言えばザラザラ、ギスギスした感じ…が、その正体である。
正確には「渋み成分」ではない。山梨大学ワイン科学研究センター(旧:発酵化学研究施設)の横塚弘毅氏は「タンニン」に関して以下のような記述をしている。
渋み(本当の味ではない)は口中の感覚で、唾液中の糖タンパク質が一種の収斂剤である渋み物質、タンニンによって不溶化され、唾液の粘性が減少し、口内表面の滑らかさを失わせるために起こる現象である。
横塚弘毅(1995)「ワインの品質とフェノール化合物」『日本食品科学工学会誌』
つまり「タンニン」は「渋みの感覚を引き起こす原因となる成分」ということになる。
では、どのようなブドウ品種に「タンニン」は多く含まれるのか。上記にて「いかにも濃いめの赤ワイン」としたが、あながちこの傾向は外れていない。赤ワインの色素を構成する「アントシアニン」もポリフェノールの一種であり、概して「タンニン」と「アントシアニン」の含有量は比例しているからである。
より化学的な見地では、2008年にワシントン州立大学のJames F. Harbertson氏が率いる研究グループが、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、ピノ・ノワール、シラー、ジンファンデルといった赤ワインの代表品種のタンニン含有量について調査を行った。サンプル数は1325種類、カリフォルニア、オレゴン、ワシントンといったアメリカの産地を中心に、オーストラリアやフランスからもサンプルを取り寄せた。結果は以下の通りである。

“Figure 1” のグラフBとCは、ブドウ品種別の「タンニン」含有量及びサンプルにおけるその構成比を示している。例えば、カベルネ・ソーヴィニヨンでは500mg/ℓ CE台の「タンニン」含有量がいちばん多く364のサンプル中20%弱が同水準に分布しており、他方ピノ・ノワールでは300mg/ℓ CE台の「タンニン」含有量がいちばん多く261のサンプル中同じく20%弱が同水準に分布していることが分かった。
“Figure 2” は、ブドウ品種別の「タンニン」含有量のテューキーのHSD検定に基づく分布を示している。これに拠ると、各ブドウ品種の「タンニン」含有量の平均値は「カベルネ・ソーヴィニヨン:672mg/ℓ CE ≥ ジンファンデル:652mg/ℓ CE > メルロー:559mg/ℓ CE > シラー:455mg/ℓ CE > ピノ・ノワール:348mg/ℓ CE」であり、有意水準5%において、カベルネ・ソーヴィニヨンとジンファンデル以外は統計的有意差が検出された。同論文では、いわゆるボルドー・ブレンド(カベルネ・ソーヴィニヨン、メルローを主体としたカベルネ・フラン、マルベック、プティ・ヴェルド等のブレンド)の55サンプルについても併せて調査を行っているが、平均値は691mg/ℓ CEであったとのことである。
やはり色素の濃いカベルネ・ソーヴィニヨンやジンファンデルは「タンニン」含有量が多く、色素の薄いピノ・ノワールは少ない…という結論であった。
話を本題に戻そう。
本作で描かれているワインボトルは「ボルドー型」であり、そこから「タンニン」含有量が多いフランスワインであろうところまでは推察できた。
ブドウ品種で言えば、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、タナといった品種が挙げられる。なお、ジンファンデルはアメリカで多く栽培されている品種であり、フランスではほぼ見ない。
前編で触れたように、ボナールは「Intimism(親密派)」の画家。身近な対象物を絵のモティーフとすることが多かった。そんなボナールのこと、特別なワインではなく、デイリー・ワインを題材としていた可能性が高い。ボルドー地方でもメドック地区では1855年に「格付け」が制定されていたことは「名画のワインリスト × ワインの名画リスト(前編)」で触れた通りだが、それでは日常的に飲むにはやや高め。同じくボルドー地方でも、ドルドーニュ川右岸エリアやコート地区、アントル・ドゥー・メール地区で造られるメルロー主体の赤ワイン…というのが、心地良いところなのではないだろうか。
最後に。
ボナールの名が世間に広く知れ渡ったのは、1889年に開催されたシャンパーニュの広告コンクールで優勝した下掲のポスターから…と言われている。
本サイトで取り上げさせて頂くのも、どこか縁があるような気がしてならない。

Pierre Bonnard “Woman with Dog” (1922) フィリップス・コレクション所蔵
Written by Fumi “Frank” Kimura
ワインボトルの形、言われてみればそうですね(^^)/
勉強になります(*^^)v
私は重めのカベルネソーヴィニヨンが好きですが、ポルフェノール多かったんですね。嬉しいです(^.^)
ところで、ボトルの形は、赤ワインのタンニンの関係みたいですが、白ワインでも同じ形ですよね?
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コメント、ありがとうございます!
確かにボルドーは白ワインも同じいかり肩が多い気がします。
恐らくコストの関係と、あとはボルドーの白ワインだと認識しやすくするためではないでしょうか。
ロワールのソーヴィニヨン・ブランはなで肩ですしね!
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