
何しろ、ワインの名前がはっきりと確認できてしまいますが、前編はこの一枚が生まれた背景をみてみたいと思います。
Andy Warhol
アンディ・ウォーホル(Andy Warhol / 1928-1987)は、誰もが知るポップアートの巨匠であり、そのキャリアは人気のイラストレーター、デザイナーからスタートしました。
キャンベルスープ、マリリン・モンロー、ドル札、ブリロ・・。
彼の提示してきたイメージは、もともとは大衆向けに「デザイン」されたもの。それを「アート」に昇華させた、不思議なアーティスト。
彼は「誰でも15分以内に有名人になれる」など、名言だけで本ができるほどたくさんの言葉を残しています。
ここではウォーホルの残した三つのフレーズから、彼について垣間見てみたいと思います。
アンディ・ウォーホルの全てについて知りたいなら、ただ表面を見ればいい。(中略)
裏には何もないよ。
これは、メディアや私たちをおちょくっているのでもバカにしているのでもなく 笑、言葉そのものは本気で言っていたのではないかなと、私は思います。
しかし実際にはもちろん、表面だけ見たって彼のことはさっぱり知ることはできません。
たとえば、あれだけアメリカの大衆文化を扱い、夜な夜なパーティに明け暮れ、社会の表面を掠め取ったような作品をニューヨークで制作し続けた一方で、両親の出身はチェコ・スロヴァキアの移民であり、母親と強烈なつながりを持ちながら生き、ミサに足しげく通う一人の男であったこと。
飄々としながらも、富や人気や人間関係、ファクトリー(ウォーホル流の工房のようなもの)の運営・経営など、たくさんの現実的なことと向き合っていた。しかし彼は根本的にその現実とうまく距離感が掴めなかったようで、彼なりの「哲学」をし続けていたこと。
彼の中では、そんな見えない部分も裏側のつもりではないのでしょう。
シルクスクリーン作品の一枚が彼だとしたら、インクが重なって隠れた部分、くらいのことだったのかもしれません。
テイスト
ロサンジェルスが好きだ、ハリウッドが好きだ。美しいね、みんなプラスチックで。僕はプラスチックが好きだ。僕もプラスチックになりたい。
「僕は機械になりたい」という言葉の方が有名ですが、私はこの「プラスチック」というワードが、どこかしっくりきます。
彼はもともとイラスト・デザインの分野で広告業界に関わっていましたが、その業界自体を大きな「プラスチック」と捉えていたかもしれません。
「作り物」とか、「表面的」とか、比喩的な意味合いもあるでしょうが、生理的に彼は無機質なものを好み、美を見出し、有機的な温度をもったものからできるだけ距離を置きかったのかも、とも思えます。
まさに「表面」がすべての、アンディ・フレンドリーな素材だったのでしょう。
あり方
僕は死ぬ時に何も残したくない。ただ、消えたい。生まれ変わって、大きな指輪になって、エリザベス・テイラーの指にはめられるなら、とてもグラマラス。
はじめてこの言葉をみたとき、なんて端的で美しいのだろうと思いました。
「美」に心底憧れていたのであろう、ウォーホル。一方、セルフプロデュースにとても気を配っていながら、ちょっとした整形手術も受けたように、同時にコンプレックスを抱えていました。
インタビューでは「美しくない人に会ったことがない」という言葉も残していますが、そこには「自分はそうだけど」というフレーズが無音でつけられているように思えます。
本人自身にも無視することのできない、心の声のようなものが。
これ、あげます
読者の方々にはちょっと納得できないような、落ち着かない感じがあるかと思いますので、この一枚を「アート作品」とさせているコンディションを、ひとつひとつみてみましょう。
まずこちらの画像元ですが、イギリスはテート・ギャラリーの公式ウェブサイト、「所蔵アートワーク一覧」から拝借しました。
画像が厳しくプロテクトされているのか、テート・ギャラリーの公開しているこの画像以外にはウェブ上では見当たりませんでした。
持ち主はイギリス・テートギャラリーとスコットランド国立美術館の共同所蔵。
メディウム(技法)はスクリーンプリント、大きさは約1m×1.5 m。
作者名には「Andy Warhol」としっかり書かれています。
題名を見てみると、「Ryuichi Sakamoto 1983」となっています。
ウォーホルは一連の肖像画シリーズを手掛けていて、これは1983年に制作された、その坂本龍一バージョンのことです。
これはその “1983年の作品を基に”、 “1984年に作られた”、広告の側面も持つ「版画作品」なのです。
今回の「Ryuichi Sakamoto 1983」の画像はなかなか見つからないですが、もととなったシルクスクリーン作品「Ryuichi Sakamoto」の方は、印刷物などではひろくお目にかかれます。

ちなみに、2017年に東京のオークション会社のセールに出品され、¥24,500,000で落札されていました。
この一連の注文肖像画シリーズは、1970年以降ウォーホル(と彼のファクトリー)が受注制作してきたものです。
マリリンモンローを描いた「Marilyn Monroe」は彼女の死後にアーティストが自ら作ったものなのでこの範疇ではありませんが、現代美術でもっとも有名な「肖像画」のひとつであることは疑いないでしょう。
受注制作の肖像画モデルは、アートコレクター、セレブリティ、有名になる前のモデルなど多岐にわたります。
どれも大きさは40インチ(約1m)四方で制作され、実際に見るとかなり迫力があります。
注文主を否が応でも有名にしてしまうこの作品は、そのくらいの大きさでないと時代を耐えうることができなかったかもしれませんね。
「Ryuichi Sakamoto」は、なにも坂本龍一氏が趣味でウォーホルに依頼したわけではなく、その依頼主はワインを製造・販売する協和発酵(株)の広告代理店でした。
つまり、もともとワインの宣伝をするために何万ドルをかけて「注文」された肖像画だったのです。
Andy Warhol/ “Ryuichi Sakamoto 1983” (1984) テート・ギャラリー
Written by E.T.
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