ワイン

もう一枚の「テーブルの片隅」

テーブルの上の小物を比べてみてください。
ワインのデカンタ (というかジャーという感じですが)、ワイングラス、コーヒーカップ、リキュールかウィスキー、シュガーポット、柑橘果物。
どれもおもしろいくらい今回の作品と一致しているのがわかります。
というかタイトルも同じです。
制作年は違うようなので、おそらく二枚ともスケッチをして残しておき、一枚ずつ仕上げたのでしょう。鉢植えとはいえツツジがきれいに咲いているので、この作品の季節はおそらく4月ごろ。
ワインを見てみると、ルビー色の影を落としていることがわかりますので、透明感はあるようです。
紫色も橙色も含むような絶妙な赤で、透度はあれど色味は深く、しっかりしたつくりのワインであることが想像できます。
この時点でなんとなくPommardかな・・と思いましたが、もう少し証拠収集をしてみましょう。
ワイン選び
まず当時の状況からフランスワイン以外の選択肢は考えにくく、そしてサロンのような雰囲気を支えるワインが安価な大量生産品だとは考えにくいので、ボルドー、ブルゴーニュ、ロワールあたりに絞ります。
この作品の制作年である1872年のワインの状況から見てみると、ぶどうの病気フィロキセラがフランス国内に広がり始めています。
1863年にローヌから始まったこの被害は、1869年にボルドーを通ってからブルゴーニュに到達しますが、その時期は1875年と言われています。間に合いました。
次に、この絵のシチュエーションから選びたいワインを考えてみます。
春で、フレッシュな野菜やくだものが豊富に食卓にのぼる時期。
赤ワインならば、ボルドーのがっしりしたワインを食べ応えあるビーフと合わせる、というよりは、ポークやチキンと一緒に、もう少し軽やかに飲みたいもの。
とはいえ、正式なディナーで高尚な会話を支えるには、それなりに落ち着いたものがいい。
ここでは風のようなロワールのワインよりは、大地を感じるものに行きたいところ。
というわけでブルゴーニュを選んでおきます。その中でも、なぜポマールか。

ルビー色の丘
言わずと知れた最高品質のワインを生み出す、ブルゴーニュは「コート・ド・ボーヌ地区」の中でも、ポマールは中世の時代より評価されていた土地で、エレガントでありながら同時にしっかりとした味わいのワインを生み出すところです。
ブルゴーニュで造られる赤ワインはピノ・ノワールなので、香り高い品種ではありますが、ここでは華やかで女性的というのではなくむしろ逞しいイメージ。それは色合いにも現れていて、澄みわたる中にも深く芯のあるルビー色を見ることができます。
「コート・ド・ボーヌ地区」は白ワインの評価が高いエリアですが、ポマールでは赤ワインの生産しか行われていません。個性のはっきりしたエリアなのです。
Pommardは、やはりデカダン派と言われる、フランスを代表する文豪ヴィクトル・ユーゴー(1802-1885/名著 レ・ミゼラブル) も愛したワインだと言われているので、このシーンに登場させるのにはお誂え向き。
色は深く、味わいは堅牢、すると香りも豊かなのは想像に難くない。
その芳しさは、春のテーブルのもう一輪の花となっていたことでしょう。
Henri Fantin-Latour / “ Un coin de table” (1872) オルセー美術館
Written by E.T.
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