John William Waterhouse/キルケのワイン × チェザネーゼ(前編)

Circe, by John William Waterhouse

やわらかなブルーの羽衣に身を包んだ妖艶な女性は、ワイングラスとステッキをもち、こちらを見据えています。
綺麗ですがちょっと虚ろな目、誘惑するかのような真っ赤な唇とワイン、足元には黒いブタ。背後の鏡にはこの女性と対峙する目の前の人物が写り込んでいます。

舞台は古代ギリシャです。

CIRCE

美女の名前はキルケ。(Κίρκη, Kirkē, /Circe)
主にホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』という作品などに登場する魔女です。薬学に精通しており、あらゆる残虐なことをまるで化学実験かのように次々としでかします。薬学だけあって、得意分野は毒や軟膏。
それを杖、呪文を用いて人に使い、動物に変身させてしまいます。
そんな彼女が差し出すワインにどんな魔法がかかっているのか、考えるのも恐ろしいです。ちなみに、毒をワインに入れるまさにそのシーンが描かれた作品もあります。

ギリシャ神話は宗教ではありません。
バイブルでもない、一人の書いた伝説(物語)が三千年後(*)まで残り、その登場人物があらゆるアーティストに描かれるって、改めてものすごいことだなと思います。

ラファエル前派

さて、舞台こそ何千年を遡る古代ギリシャですが、*オデュッセイアが書かれたのはもっと最近で B.C.8c、さらにこの作品が描かれたのはつい130年ほど前のイギリス。

画家はジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(John William Waterhouse, 1849 -1917)、美術後進国イギリスで起きた数少ないムーブメント、ラファエル前派の周辺に分類されます。

今回は画家についてよりも、このムーブメントについて知ったほうがおもしろいかもしれません。
そもそもこの活動では当初、作品には画家のサインではなく同盟を示すP.R.B.(Pre-Raphaelite Brotherhood)が書き込まれているくらいなのです。

ごく簡単に説明します。

「ラファエル前派」のラファエルはもちろんルネサンスの巨匠:ラファエロのこと。彼が出てきて以来、「美術作品のあるべき姿」が決められてしまいました。

イタリアは美術の先進国でしたから、それを追うフランス、イギリスももちろんその規範は絶対です。その理想に著しく反するものは国から認められず、画家として生きていくことすら困難を極めました。

ラファエロ以降およそ300年(!)、これに対抗し、そんな規範が作られる「前」=”Pre” の、自然に忠実な表現を目指そうとしてできたのがこの派閥。
思想のお手本はジョン・ラスキン(John Ruskin, 1819 – 1900)、「近代絵画論」(近代の画家と古い巨匠たちを比較して、絵画理論を美しい文体で書いたもの)
という本を書いた人物で有名なイギリス人ですが、自然をそのまま紙の上に写し取ることができる素晴らしい画家でもありました。
実際見てみると、彼の作品はとても丁寧で緻密で繊細、現代美術かと思えるような新鮮味さえ感じました。

話を戻します。

ラフェエロ前派という同盟は、その目的を大々的に掲げず、あくまで自分たちのステートメントとして持っていたので、秘密結社とも言われています。

そのステートメントはこちら。

1. 表現すべき本物のアイディアをもつこと
2. このアイディアの表現の仕方を学ぶために、自然を注意深く観察すること
3. 慣習、自己顕示、決まりきったやり方でみにつけた型を拒絶するために、過去の芸術のなかの率直で、真剣で、誠実なものに共感を寄せること
4. 最良の優れた絵や彫刻を制作すること
                                  (Wikipedia)

創設メンバーは3人。

ウィリアム・ホフマン・ハント(William Holman Hunt 1827-1910)、
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti, 1828-1882)、
ジョン・エヴァレット・ミレイ(Sir John Everett Millais 1829-1896)。

その後第二世代に受け継がれますが、正式な活動は1848年から数年間の短命のものでした。
にも関わらず不思議と美術界への影響は大きいのです。

インテリア関係では欠かせないウィリアム・モリスをはじめとした有名な「アーツ&クラフツ運動」(←ものすごく簡単にいうと、「日常生活に美しさを!」という運動)のきっかけにもなり、「その周辺」の画家たちをも生みました。

william-morris-holiday-metallic-red-bud-fabric-moda-fabrics_400x
モリスのデザイン柄は、一度は見たことがあるのではないでしょうか

モデルに忠実に、美しく描かれた女性たちの魅力によるところも無視できないと思いますが…、この活動の結果はこうして後世まで残り続けています。

日本でも幾度となく紹介されていて、先週まで三菱一号館美術館でも展覧会が開かれていたので記憶に新しい方もいらっしゃるかもしれません。

 

ウォーターハウス

さて、ここまで「ラファエル前派」をご紹介しておいてなんなのですが、ウォーターハウスはあくまでラファエル前派の「周辺」と言われます。

この運動は「同盟」なので、正式にメンバーとなっていなければそうとは呼べないということかもしれません。鑑者の側からしたらまとめてしまっていいのではないかと思いますが・・。(作品は鑑者ありきなのですから)

このムーブメントの例に漏れず、神話や文学作品に登場する女性を題材に写実主義の制作を続けていたウォーターハウス。ミレイのものほどでないにしろ、おそらく最も有名な作品のひとつは、“オフィーリア”。
シェイクスピア劇「ハムレット」のワンシーン、池で花とともに沈む悲劇のヒロインです。
よほどインスパイアされたのか、生涯で3枚も描いています。

Ophelia_1894
Ophelia 1894 これは3作中2作目。
TATE
TATE Britain の一角。 左上がウォーターハウス「The Lady of Shalott」、その右下がミレイの「オフィーリア」、中央の大きなのがバーン=ジョーンズ「黄金の階段」、一番右下がロセッティ「Monna Vanna」

基本的には「色彩鮮やかに、自然に忠実に写実的に描かれる」ラファエル前派の中でも、当然ですが画家によって得意な分野があります。
中には色彩が得意だったり、細かな描写が不得意だったり、いろいろな特徴があります。

そんな中でウォーターハウスに感じるのは、その名に負けず、水のような画面の美しさ。
水辺のシーンは言わずもがなですが、今回のような作品にしても画面全体に水がたゆたっているような、どこか潤いを感じるのです。

梅雨入りしたところで、ジョン・ラスキンの名言をひとつ

There is really no such thing as bad weather, only different kinds of good weather.
/本当に悪い天気なんてものはない。ただ、さまざまな種類のよい天気があるだけだ。

*今回は日本語作品名をわかりやすいものにしています。原題は下記
John William Waterhouse / “ Circe Offering the Cup to Ulysses” (1891) オールダムギャラリー
Written by E.T.

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

WordPress.com.

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。