John William Waterhouse/キルケのワイン × チェザネーゼ(後編)

Circe, by John William Waterhouse

キルケの島

さて、後半ワインについて見ていきます。

透明感があって、赤くきれいなワイン。
「ギリシャ神話の作品なのだからひとまずギリシャワインに決まりだろう。」

「問題は、現在でいうとどのあたりなのか、ぶどう品種は一緒だったのか、古代では発酵具合はどの程度で、どんな味わいだったのか・・」
と探っていくつもりで今回の作品を選びました。
ギリシャワインはまだ当ブログで扱っていなくてちょうどいいし、ついでに飲もうかとギリシャ料理のレストランまで探していました。

ところが。
そんな単純に事は運ばず、ワインの特定にはまず歴史的、地理的な側面を見ていく必要がありました。
それも、今までの記事に比べるとかなりスケールの大きな旅です。

まずキルケについて調べていると、「オデュッセイア」(前回参照)の中で、旅人(オデュッセウス) が彼女に出会う島は「アイアイエー島」だと出てきます。

聞いたこともないところだし、あの数千の島々を擁するギリシャのどの辺なんだろう、と検索してみました。

 

が、残念ながらこの島の名前は地理上残っていません。

ではアイアイエー島は一体どこだったのか。

それについてはいくつもの研究されてきたようですが、「オデュッセイア」には実際と矛盾する地理表現も多いため、現代のギリシャ学者イオアニス・カクリディスは、現実・現代でそれがどこなのか特定するのは無駄であると主張しつつも、かつて”Colhis”と呼ばれた、今のジョージアのあたりだと推測しています。

しかし長く有力と言われてきているのは、ジョージアのある黒海ではなく、ティレニア海沿岸です。

ローマ南に確認されるアイアイエー島/ Map 1624

古代ギリシャを舞台にした別の抒情詩作品「アルゴナウティカ」(b.c.3c)との整合性も踏まえると、ローマとナポリのちょうど中間あたりにあるチルチェオ岬の山(Mount Circeo)のあたりとされています。

島ではなく山になってしまいましたが、島と言われていたのには

・周りを囲む沼地や海のため、そこが島のように見えたか
・ホメーロスの時代(b.c.8c)にはそこは島で、地質学的変化によって徐々に本土とくっついたか

という説があります。

チルチェオ半島には、キルケが毒薬を作っていたと言われる「キルケの洞窟」と呼ばれる場所があり、カヌーでいけるようです。輝く綺麗な海で、とてもダークな雰囲気はありません。

(洞窟は2:30あたりから)

Grotta della maga Circe from Sea Kayak Mania on Vimeo.

 

ワイン

さて、だいぶ話が大きくなりましたが、ワインについてこれでだいぶ迫っていけそうです。

チルチェオ半島は、ローマを含むラツィオ州に属します。

ラツィオ州には、古代からの土着品種である黒ぶどう、チェザネーゼがあります。
その記録は古代ローマまで遡れるそうですが、正確には、

ローマ時代から続くチェザネーゼ種は「チェザネーゼ ダッフィーレ」と呼ばれ一般的なチェザネーゼ種と区別され、病気に弱く生育が難しいので限られた造り手しか栽培していません。

(イタリアワイン専門店TUSCANY)

だそうです。古代ローマというと、b.c.753の建国。古代ギリシャとまでいかないものの、ホメーロスが生きた時代とぴったり重ねることができますので、今回のワインはチェザネーゼとしましょう。

D.O.C. Circeo

お気づきでしょうか。
チルチェーオ、アルファベット表記だと “Circeo”、最初から答えはここにありました。
この地名は、キルケ “Circe” から取られたものだったのですね。

そしてイタリアワインにお詳しい方は、あれ、と思われたかもしれませんが、実は現代ではまさに「チルチェオ」というD.O.C.(原産地呼称)があります。産地はまさにこのチルチェオ半島を取り囲む地域で、赤・白・ロゼワインも造られています。
しかしぶどうはチェザネーゼではなく、メルローやサンジョヴェーゼ。(なんだか一気に現実感が出てきます)

しかし原産地呼称なんて、古代ギリシャも古代ローマもホメロスもウォーターハウスも飛び越えた後のことですので、ここでは無視します。

ちなみにギリシャ神話には、数え切れないほどのワインのシーンが登場し、そのほとんどの舞台では「喜び」「癒し」として描かれています。今よりもずっと甘口のものだったはずですが、ワインを囲み喜びを分かち合い味わうことは、何千年という時も、神も人も関係ないようですね。

バッカスの勝利 ディエゴ・ベラスケス

大陸の向こうのキルケ

蛇足ですが、ギリシャもイタリアもチェザネーゼも関係ないところで、こんなエチケットのワインを発見。カリフォルニアはソノマ・コーストのピノ・ノワール(とシャルドネ)でした。

ここで描かれているのは「子供の猪」らしいのですが、このゴブレットとステッキは、どうみてもキルケでしょう。

Marcassin Vineyard Pinot Noir Sonoma Coast
P.P. 99だそう。キルケもびっくりです

 

今回の舞台では、古代からあるぶどう酒を、遥か彼方から人々とともに味わってみることにしましょう。
毒は無しで。

 

*今回は日本語作品名をわかりやすいものにしています。原題は下記
John William Waterhouse / “ Circe Offering the Cup to Ulysses” (1891) オールダムギャラリー
Written by E.T.



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