Claude Monet / 昼食 × ガメイ(後編)

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今週は前回に引き続き、Claude Monet (1840-1926)(以下、モネ)の “Le Déjeuner / 昼食” である。その名の通り、アルジャントゥイユの片田舎での「ランチタイム」のひとコマである。

 

無数に咲き誇る花々の中で、積み木に夢中になる息子 Jean Monet(以下、ジャン)。そこに妻 Camille Doncieux (1847-1879)(以下、カミーユ)の姿は見えないが、枝に揺れる麦藁帽子と無造作にベンチに置かれた日傘が、すぐ近くでジャンを見守っているであろうカミーユの存在を仄かに感じさせる。

テーブルに視線を移すとクロワッサン、桃。Henri Le Sidaner (1862-1939) の回でも紹介した通り、これは夏のフランスの食卓では言わば鉄板の組み合わせ。移動式の籐籠に乗った果物はブドウにしては大きい気もするので、プラムかミラベルといったところだろう。何れにせよ、農業大国のフランスではフルーツには事欠かない。

そして白いバラに、飲みかけの赤ワイン…

誰もが羨むような幸せに満ちた昼下がりに、モネとカミーユはいったいどのようなワインを嗜んでいたのだろうか。

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ブドウ史を色々と調査する中で、前編にてフォーカスした「アルジャントゥイユ」というセーヌ河畔の小さな街が、重要なヒントを隠し持っている可能性を見出した。東京大学の美術史学者 三浦篤氏は、当時の様子を以下のように振り返っている。

モネが1872年から78年まで在住したアルジャントュイユもまた、サン=ラザール駅から汽車に乗って20分あまりで到着するパリ近郊の町であった。その当時は、かつての農業(葡萄の産地)と焼石膏の村から工業の町へと変貌を遂げつつあり、鉄工場や化学工場などが進出していたが、それと並行して、パリのブルジョワたちが河辺を散策したり、ボートやヨットに興じたりする、やはり典型的な郊外の行楽地のひとつであった。

三浦篤 (2008) 「印象派とレジャー -19世紀後半のパリ近郊とノルマンディー海岸」『ドレスタディ』53.

 

アルジャントゥイユと言えば「週末のヨットレース 」のイメージが強かった筆者にとって、その代名詞が「葡萄の産地」とはまるで想像もしていなかった。

更に詳しく調べてみることにする。すると、ロンドン大学 Royal Holloway の地理学者 Tim Unwin 氏の著書で、以下のような記述を見つけた。

The technical changes in viticulture and vinification that had taken place during the seventeenth century laid the foundations for the emergence in the ensuing centuries of two distinct types of wine production, on the one hand the creation of high quality, luxury wines, and on the other the manufacture of cheap, poor quality wines for the mass market.

(snip)

The effects of urban population growth on wine production during the eighteenth century were therefore most marked in the case of Paris.

(snip)
The vine they turned to was the Gamay, which was high yielding but produced a relatively mediocre quality wine, and particularly around Argenteuil the area devoted to its cultivation increased dramatically.

 

Tim Unwin (1996) “WINE AND THE VINE, An Historical Geography of Viticulture and the Wine Trade” Routledge.

 

それに拠ると「都市部での人口増加に伴うワイン需要の急速な伸びが、生産効率の高いガメイの栽培面積拡大に繋がった。しかもその主たる栽培エリアが、大消費地のパリにも近いアルジャントゥイユだった」というのである。

モネも下掲の絵画 “Lane in the Vineyards at Argenteuil (1872)” の中で、間接的に「ブドウ畑」について触れているが、小道の向こうには化学工場の煙が昇り、まさに三浦篤氏の言う「かつての農業(葡萄の産地)と焼石膏の村から工業の町へと変貌を遂げつつあり…」という情景が広がっている。

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Claude Monet “Lane in the Vineyards at Argenteuil (1872)” 個人蔵。遠くに見える工場の煙は、ワインの街として盛えたアルジャントゥイユが産業化の波に飲み込まれる様子を表しているのだろうか。絵画の中心を、ワイン畑ではなく、敢えて化学工場に続く小道とすることで、ワイン産業の静かな衰退が伝わってくる

 

さて、本作に戻ろう。ふとした家族の団欒のスナップショットである。しかも軽めのランチ。気合いを入れたワイン・セレクトというよりは、身近で飲み疲れないワインを選びそうなシチュエーション。

舞台がアルジャントゥイユとなれば、疑う余地もなく、画中のワインはガメイということになろう。タンニンは多くはなく、フレッシュかつ果実味の豊かなガメイは、そのようなシーンにぴったりのワインである。

 

最後にひとつだけお伝えしておきたいことがある。ガメイという品種、当ブログでもしばしば登場するが、高貴なワインというよりもどちらかと言えば必ずしもクオリティが高くない、安価なワインとしてお伝えすることが多い。

確かに生産性が高いことから「質よりも量」を重視した時代にはそのように見られることが多かったのは事実だろう。

但し、近年になって、ガメイという品種の評価が非常に高まってきているように感じる。特にクリュ・デュ・ボージョレのガメイの中には、骨格がしっかりした長期熟成にも耐えうるワインもある。筆者も最近1986年のモルゴン(クリュ・デュ・ボージョレの一つ)を飲む機会があったが、そのクオリティの高さ、33年経った今でもまだフレッシュなバイタリティ、複雑味、余韻の長さに驚きを隠せなかった。

「ガメイ=低品質で安価なワイン」という誤解を招くことがなきよう、特筆させて頂くことにする。

 

Claude Monet “Le Déjeuner : Panneau Décoratif” (1873) オルセー美術館所蔵

Written by Fumi “Frank” Kimura

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