Edward Hopper / 女性たちのためのテーブル × [シャルドネ](後編)

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先週に引き続き、アメリカを代表するソーシャル・リアリズムの画家 Edward Hopper (1882-1967)(以下、ホッパー)の後編である。

前編では、本作が描かれた時代背景と “Tables for Ladies / 女性たちのためのテーブル” という題名に込められたホッパーの熱い想いについて取り上げたが、後編ではレストランの奥で男女が飲んでいるワインについて触れていこうと思う。

 

まず、本ブログにとってアメリカ初上陸ということで、ワインに詳しくない方にもご理解頂けるように、アメリカのワイン産地について簡単に紹介させて頂く。

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緑色がワインの主な産地。はホッパーが拠点としていたマンハッタン島の位置

 

日本でアメリカのワインを楽しむ場合、上記の4つの州についての知識があればおおよそ十分である。

まずは大西洋側、北からワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州であるが、この3州だけで全米のワイン生産量の87%(2017年;TTB調査より)を占める。

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2017年の全米における州別ワイン生産量のシェア。カリフォルニア州の生産量のシェアの大きさが良くわかる (Source: Alcohol and Tobacco Tax and Trade Bureau)

 

特にカリフォルニア州の生産量は単独で80%を超え、アメリカ最大の銘醸地である。その中でも北部エリア(North Coast AVA)に位置する Napa CountySonoma County は、ワインに詳しくない方でも一度は聞いたことがある響きだろう。例えば Opus One Winery というワイナリーがあるが、Napa County  Oakville AVA に存在する。ちなみに先ほどからちょこちょこ出てくる “AVA” は “American Viticultural Areas” の略称であり、地理的・気候的なブドウ栽培条件に基づいて政府が境界を定めた生産エリアの単位である。重厚かつリッチなカベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネが多いが、近年では繊細さやエレガントさを追求した造り手も増えている。

カリフォルニア・ワインの品質の高さが世界的に証明されたのが、1976年にパリで開催されたフランス・ワインとカリフォルニア・ワインの比較ブラインド・テイスティング会であった。「パリ・テイスティング」とか「パリスの審判」とか言われたりするが、名だたるフランス・ワイン界の重鎮11人がテイスターとなったその会で、赤ワイン、白ワイン共にカリフォルニア・ワインが第1位を獲得したのである。その比較対象となったフランス・ワインは、Château Mouton RothschildChâteau Haut-Brion と言った五大シャトーの他に、Domaine Ramonet-Prudhon の Bâtard-MontrachetDomaine Leflaive の Puligny-Montrachet と言った、こちらも大御所揃いの中で、完全どアウェーのカリフォルニア・ワインが2連勝を収めた「大事件」は、世界中のワイン・ラヴァーの固定観念を見事に覆した。恐らくいちばん焦ったのは、フランス・ワインを優位に採点しようと思っていただろうにもかかわらず、図らずもカリフォルニア・ワインを選んでしまった重鎮たちだろうが…

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1976年に開催されたパリ・テイスティングの赤ワイン部門で第1位を獲得した Stag’s Leap Wine Cellars のワイン。歴史あるNapa County のワイナリーであり、エリア一帯にその名も Stags Leap District AVA という呼称が付けられている。シリーズによっては手の届く価格設定であり、比較的手に入りやすいワインなので、皆様も是非お試し頂きたい (Source: Stag’s Leap Wine Cellars HP)

 

カリフォルニア・ワインの話はここまでとして…

個人的には「オレゴン・ピノ」の愛称で親しまれている、オレゴン州のピノ・ノワールが好きである。1年を通じて冷涼かつ日較差(= 1日の最高気温と最低気温の差)の大きい Willamette Valley AVA で育ったピノ・ノワールは、ブルゴーニュにも負けず劣らずのフレッシュな酸を持つ。

ワシントン州のワインは、カリフォルニア州やオレゴン州のワインと比較すると、日本国内でのマーケティングはやや弱い印象を受けるが、カスケード山脈の東側を中心に、リースリング等の冷涼な気候に適したブドウ品種が育てられている。

西海岸だけでなく東海岸のニューヨーク州でも、全米の3%程度のワインを生産している。マンハッタン島から車で2時間ほどのロングアイランド島の先端には North Fork of Long Island AVAThe Hamptons AVA と言った生産地が存在するが、シャルドネやメルローの評価が高い。ニューヨーカーたちの別荘地としての顔もあり、根強いファンを持つ。

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The Hamptons AVA に所在する Wölffer Estate のシャルドネ。筆者のお気に入りの1本である

 

 

さて、本題に戻ろう。男女が嗜むワインは何か。

デキャンタに入ったワインはいかにも白ワインであるから、確率論から言ってカリフォルニアのシャルドネだと想定される(なお、ニューヨーク州における欧州系ブドウ品種、いわゆるヴィティス・ヴィニフェラ種の栽培の歴史は浅く1960年以降であるため、本作が描かれた1930年には Finger Lakes AVA 等のごく限られたエリアで米系品種、いわゆるヴィティス・ラブルスカ種のみ栽培されていたと考えられる)。

深追いすることもなくもうそういうことでいいのではないか、これ以上ややこしくするのはやめて欲しい…

誰もがそう思っているだろうし、私だってそう結論付けたい。

だが、そんな単純に終わらないのが、このブログの怖いところである。

 

アメリカのワインの歴史を語る上で避けては通れないのが、1920年から1933年にかけて施行されたアメリカ合衆国憲法修正第18条、いわゆる「禁酒法」である。今となっては信じがたい法律であるが、宗教的・社会的な理由から以下のような法律が制定された。

After one year from the ratification of this article the manufacture, sale, or transportation of intoxicating liquors within, the importation thereof into, or the exportation thereof from the United States and all the territory subject to the jurisdiction thereof for beverage purposes is hereby prohibited.

Eighteenth Amendment to the United States Constitution, Section 1.

 

つまり、飲用目的のアルコールの製造、販売、輸送が全面的に禁止されたのである。

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「禁酒法」施行中に密造されたワインは、検査員に見つかり次第、下水道に廃棄された (Source: Wikipedia)

 

他方、本作が描かれたのは、「禁酒法」真っ最中の1930年。本来であればレストランで販売されているはずのないワインが描かれているのは、どう理解すれば良いのか。

ここからはあくまで私見であり、いつも通りの私の勝手な妄想であるので、気楽に読んで頂きたい。

恐らく、実際にこの現場にワインが置かれていた可能性は低いのではないかと考えている。営業停止にもなりかねない行為を堂々と飲食店がやるようには思えないからである。

ではなぜワインは描かれたのか。ここで想い出して欲しい、この絵のコンセプトを。

前編では下記のような記載をした。

ここで “Tables for Ladies / 女性たちのためのテーブル” というタイトル。

そこには様々な想いが込められていた。白いエプロンの女性は「労働者としての女性の社会進出」を、黒い服を着たキャッシャーは「資本家としての女性の躍進」を、そしてタイトルには「それまで女性一人で外で食事をすることもはばかられた社会に対する諷刺」をこの作品で訴えようとした。

 

つまり本作はある種の社会風刺画であり、寓意画(アレゴリー)なのである。ウォール街の大暴落が1929年に起こり、景気は落ち込んだ。「飲まなきゃやってられない」そんな状況であったにもかかわらず「禁酒法」の影響により自由にアルコールを口にすることを許されなかった市民たちは、当然政府に大きな不満を抱いた。事実、本作が描かれた3年後に「禁酒法」の撤廃をマニュフェストに掲げた Franklin Roosevelt が第32代大統領に就任し、公約通り同法は撤廃された。

ワインを描いたのは、ホッパーの社会に対する皮肉なのではないかなと考える。白いエプロンを着た女性の手前にまだ封の開けられていないスパークリング・ワインのボトルが2本描かれていることからも、私はホッパーが何かを強く訴えようとしたのではないかと考えるようになった。

そういう視点で観てみると、少しでもホッパーの思想に近づけたような気がして、何だか小気味良いものである。

 

※ 寓意画なのでは?という意味を込めて、シャルドネをカッコ書きにしています。

Edward Hopper “Tables for Ladies” (1930) メトロポリタン美術館所蔵

Written by Fumi “Frank” Kimura

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