Raoul Dufy / 黄色い家の前の静物 × Palette(後編)

後半は、ワインについて見てみましょう。

まずご紹介したいのが、こちらの作品。

Still life

タイトルは「静物」と名前がないも同然ですが、情景は一目瞭然、同じ場所を描いたものであることがわかります。
このような作品があることは珍しいことでもなく、同じ情景や主題の作品を時には何点も描く画家もいます。
デュフィにおいて、晩年にたくさん描いた花の静物画を除けば、こんなにテーブルがクローズアップされている作品は珍しいものです。

こちらの作品を見ると、水彩だということもあり色は淡く、線は繊細で、全体はより整っています。
正直なところ、私としてはこちらの作品をメインにピックアップしたかったのですが、
そうしなかった理由はタイトルです。なぜかはあとで触れます。

では2枚目の作品も参考にしながら、画中を観察していきましょう。

背景にはタイトル通りの黄色い家、テラスの椅子とテーブル、木の下での食事なのでしょうか、画面を縁取る枝や葉っぱ。
テーブルの上には、たっぷりの桃が乗った果物台、オリーブオイルとバルサミコのセット、ワインボトル、カラフェ、ワイングラス、ローフのままのパン、フォーク、バジルらしき葉。

黄色と紫、緑と赤のコントラストが画面を鮮やかにしています。
2枚目の水彩画の方にはワインボトルはなく、その代わりにカラフェの中身が水ではなくワインになっているようです。

フランス国外とは考えにくいので、ここからわかるのはまず南仏だということ。
ヨーロッパでは北へ行くほどオリーブオイルがバターに変わっていくので、オリーブオイルとバルサミコ酢がセットされるテーブルであることから、それがわかります。

また桃は、フランスではローヌやプロヴァンス地方で生産される果物です。葉のついたまま粗野に置かれていることから、輸送されてきたのではなく採れたままのものと考えるのが自然です。
オリーブオイルにバジル、まるでイタリアのようですね。

転勤族デュフィ

今回の作品では画中のモチーフからある程度場所は推測されたものの、いつも通り、この作品が描かれた当時画家がどこにいたかを探ってみます。

デュフィが生涯を通して定住した場所というと、出身地であるル・アーブル、学校に通ったモンマルトル(パリ)、そしてニーム、ニース、ヴァンスなど南仏各地がメインに挙げられますが、その間もあちこちに旅行に行ったり短期滞在をしたりしています。

あまりにも短期滞在の記録が多いので、この作品が描かれたとされる期間に彼がどこにいたのかははっきりしません。
同年のどこかのタイミングでベルギーやカルヴァドスに滞在したことがわかっていますが、この光景はベルギーでないことは明らかです。
ただ、前年にはニースに滞在し、デュフィの作品の中でもマイルストーンと呼べる重要な作品 「ニースのカジノ」A Casino at Nice (1927). を仕上げていることから、そのまま南仏にいた可能性は大いにあります。

the casino of nice/1927

 

黄色い家

この作品のタイトルは「黄色い家の前の静物」(公式日本語なし)。

黄色い家と聞いて、私たちと読者の皆さんが思い浮かべるのはもちろん、ゴッホです。
ゴッホは南仏アルルの「黄色い家」に住まい、アトリエとし、ゴーギャンとの苦い思い出を作りました。

デュフィは、あらゆる画家を素直に真似、あらゆる画家の影響を受けた画家ですが、ことにゴッホに関しては、彼の「色彩と光への激しい情熱」の影響を大きく受けたようです。
それはこの作品の描かれる25年ほど前のことですが、生涯で影響の受けた画家ゆかりの地にほど近い場所にいて、その地を訪れない理由はありません。
想像の範囲を超えませんが(当ブログではいつものこと)デュフィはそのフットワークの軽さから、ちょっとアルルに寄ってみよう、となってもなんら不思議はない。

もちろん「黄色い家」は南仏では珍しくないので、ゴッホの家である必要はまったくなく、実際に情景は違うかもしれません。
でも少なくとも、タイトルに「黄色い家」とつけるなら、彼の脳裏にゴッホが浮かばないわけはないのです。そしてそれならば、そこはアルルでなければなりません。

アルルのワイン

さて、ここまで来てやっとワインに迫っていけます。
描かれているワインは鮮やかで透明感があり、赤か、濃いロゼも考えられます。

作品の舞台がアルルだと仮定すると、そこでどんなワインが出てくるのか。
まず地元アルルでは、ほとんどワインは作られません。南東にはプロヴァンス、北にはすぐにローヌ地域であるアヴィニョンが控えており、わざわざ作るまでもないでしょう。

ありがたくワインリストを公開してくださっているレストランを参考に、この地方のレストランのオンリストを調べてみました。

シャトーヌフデュパプ 、コート・デュ・ローヌ、タヴェル、サン・ジョゼフ、ヴァケラス、ジゴンダス。(ローヌ地方)
コート・ド・プロヴァンス、ヴァントゥー、バンドール。(プロヴァンス地方)

当時と多少の誤差はあるでしょうが、赤とロゼに限ってみると主に上記のような産地が多く見受けられまました。
(ここにラングドック・ルーションがちょこちょこ入ってきます)

二大ワイン産地に挟まれたアルルには困りました。可能性が真っ二つ。
若干ローヌが優勢かと思われますが、前述した通りワインの色は鮮やかでクリアです。
通常、温かな地域で生産されるぶどうはよく熟し果皮も厚くなるため、生産されるワインの色も濃く、透かしてもほとんど光が通りません。となると色の濃いロゼワインを生産するローヌか・・

ここまできて、あまりにも存在感のなかったワインボトルが、ヒントをくれました。
グラスとあまりに遠くにあるし、画中のバランスを取るためだけに置かれたような佇いなので、すっかり見落としていました。

緑色のボトル、しかもいかり型。
ロゼワインが、濃い色のボトルに入れられることはほとんどありません。
さらに、ローヌのワインはそのほとんどがなで肩(ブルゴーニュ型)のボトルで、このような形(ボルドー型)をしているのは例外的。
一方プロヴァンスでは、コカコーラのような個性的なボトルも多い中、それでも主流はボルドー型です。

プロヴァンスの中で、できればローヌに近く、きれいな赤色のワインはないものか。
そこで浮上してきたのが、現在のA.O.C.でいうところの”Palette” という生産地。
こちらの写真をご覧ください。

なんときれいな赤色でしょうか。

A.O.C.制定以前は境界線が曖昧だったかもしれませんが、このPaletteという産地はかなり狭く、生産者も数えるほどしかいません。ですが15世紀から文献に記録が残る地域で、赤ワインはグルナッシュとムールヴェードルを主体としています。

日本ではおろか、フランスでも遠方でいただくのは難しいかもしれませんが、そう遠くないアルルやニームでならば、手に入ったでしょう。

きわめつけは名前です。
もしデュフィがこのワインの説明を受けてPaletteという村の名前を聞いたとしたら、きっと「それをもらおう」と一言返したのではないかと、想像するのです。

 

 

ちなみに、皆さん見過ごされていると思うのでこれを機に言及しておくと、当ブログのサブタイトルは “Colour Palate” といいます。
Palateはテイスティングに使うことの多い用語で、口当たりや味わいを指します。
同発音のPaletteはもちろん、名画の生まれる魔法のカラーボードです。

 

Raoul Dufy “Nature morte devant la maison jaune” (1928) /所蔵不明 Written by E.T.

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