
前編では、作家・ドレについてと、この作品のフランスワインへの賛歌を読んでみました。
今回の作品について、壺一面に描写されたぶどうがどこのものであるのか特定はできません。
ですが、作家の出身地であるアルザス・ストラスブールからヴォージュ山脈を望めば、その間に広がるのは100km以上続くアルザスワインの銘醸地。

ヴォージュ山のペインティングもたくさん残したドレは、ストラスブールに滞在の間数々の葡萄畑を横目に見てきたことでしょう。
この彫刻を制作する際も、きっとスケッチの段階から、幼い頃から目にしていたアルザスを、脳裏に再び映し出したであろうことは、想像に難くありません。
そんなわけで今回は、アルザスとそのワインに、フィーチャーしてみようと思います。
アルザス地方について
ご存知の方も多いとは思いますが、ドレの生まれ育ったアルザスは、フランスとドイツの支配に振り回されてきた場所です。
私はストラスブールにもコルマールにも訪れたことはありませんが、文献をざっと見るだけでも、彼らのアイデンティティというのは非常に複雑だという印象を受けます。
アルザス人としての意識はありながら、イギリスにおけるスコットランドや、スペインにおけるカタルーニャのような強烈な独立心は感じられません。
Love&Hateというか、フランスに属すことは歓迎しながらも、同化することには反発しているのがアルザス人なのでしょう。
象徴主義
美術に関しては象徴主義的なものに代表される土地なのが不思議なところです。
「象徴主義」といっても、印象派のように「ああいう感じね、」と思い浮かべにくいかもしれませんが、代表的な作家ではシャヴァンヌ、モロー、ルドンなどが挙げられます。
今回は詳細は省きますが、実は「キルケのワイン」の回でご紹介したラファエロ前派も、大きくくくれば象徴主義。
「目の前のものを見たまま描く」というのが印象派だとしたら、その真逆が象徴主義で、大きく「現実にない情景を可視化する」とフレームすることができます。
(文学においては、もう少ししっかりと定義されているようですが)



アルザスワインについて
さて、ではいよいよアルザスワインの特徴を、簡単に見ていきましょう。
まず基本的に、フランスよりもドイツの特徴が目立つのがこの地方のワインです。
ぶどうはブレンドされず単一品種で醸造されること、エチケット(ラベル)には、フランス他の地方が「土地名」とするところ、ここでは「品種名」が記載されること、緑色ですらりと細長い「フルート」と呼ばれるボトルが使われることなど、フランスワインとしては異色の存在です。
生産される9割以上は白ワインですが、クレマン・ダルザスなどのスパークリングワイン、ピノ・ノワールから造られる赤ワインも。

アルザスワインを生み出すのは、ヴォージュ山脈の東側とライン川の間の、南北100km以上ににわたる帯状の斜面一帯です。
先ほどの地図をもう一度見てみましょう。
ヴォージュ山脈が西からの冷たい偏西風を遮るおかげで、シャンパーニュ地方と同じくらい北方に位置し、ぶどう栽培ほぼ北限の緯度の割には温かくて日照も多く、降雨量は少なく、恵まれた半大陸性気候となっています。
実はアルザスは、インフラとしてライン川の恩恵もあって古くから栄え、ワイン産地としても繁栄していました。
ぶどう栽培が始まったのは紀元前で、中世にはすでに、今回のこの作品が作られた19世紀と同じほど広いぶどう畑があったほどです。
現代では他の銘醸地と同じく「グラン・クリュ」と呼ばれる特級畑もあり、そこでは4品種のぶどう(リースリング、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ミュスカ)のみが使われるのを許されています。
リースリングは、リンゴのような香り、細やかなスパイス香、シャープな酸味とキュッと引き締まった果実味が特徴。
個人的には、主たる仕事が片付いてあとは諸作業をすればおしまい、という夕方に飲みたくなります。
午後の疲れが、フレッシュな甘やかさを求めるのかもしれません。
ゲヴュルツトラミネールのアロマティックな香りはとても特徴的で、女性らしい、優しい気分になれます。
本ブログでも以前、その特徴を大きく取り上げました ので以下の記事をぜひどうぞ。
ゲビュルツトラミネールとシダネルの回はこちら
ピノ・グリは少し味わいに厚みが加わり、酸味、果実味、ほんの少しの苦味がバランス良く、簡単なフィンガーフードをなんでも受け止めてくれる印象です。
イタリアの「ピノ・グリージョ」も同種ですが、現在ヨーロッパのスーパーのワインコーナーではかなりのウェートを占めてきていて、実際私がまだワインのぶどう品種もよくわからないころ、ロンドンのスーパーで読めなかった覚えがあります。
「グリ」は「灰色」を指します。ラ・トゥールの回のチャートをご覧ください。
リースリングがリンゴなら、ミュスカはマスカット。ゲビュルツトラミネールが淑女ならミュスカは少女。
甘やかで爽やか、こちらも味わうとふと表情をゆるめてくれるようなワインです。
アルザスのワインは全体的に、レモンイエローのコスモスや薄ピンクのバラ、スイートピーやすずらんのような、可憐なブーケのイメージです。
完全なる主観ですが、皆さんはいかがでしょうか。
フランスの中では異色のワイン産地に育った作家がフランスワイン賛歌を制作し、
しかしその形状からワイナリーからは批判を受け、
現在作品はサンフランシスコにある
という状況はちょっとシュールですが、たまにはこんな作品に目を向けて、フランスワインとアートを俯瞰してみるのもおもしろいかもしれません。もちろん、グラスを傾けながら。
The Poem of the Vine (1877–82) Bronze, 396.2 × 208.3 × 208.3 cm サンフランシスコ美術館所蔵
Written by E.T.
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